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社員旅行編 4 思ったよりも恋愛体質らしくて
週末が終わるのが名残惜しいなんてこと、なかったのにな。
そんなこと思うようになるんだな。
「洗濯物、あざっす」
「いいよ、別に、毎回礼言わなくて」
まだ終わって欲しくない、なんてことを考えてるなんて部下が知ったら驚くぞ。
玄関に座り込み、スニーカーを履いている最中の、その部下でもある背中を眺めてる。筋肉質で引き締まっていて、骨っぽく硬い背中。週末は思い切り、その背中にしがみついてた。
「……いや、本当にありがたいんで」
「?」
スニーカーを履き終え立ち上がり振り返った元彰はニヤリと悪戯っぽく笑った。子どもみたいな笑顔で。
「洗ってもらった服、治史さんと同じ匂いになるんで嬉しいんすよ」
「?」
そりゃ、一緒に洗ってるからなって首を傾げた。
「仕事してる時とか同じ香りがすると楽しいし」
「なんだ、それ」
たったそれだけのことで? 別に同じ洗剤に同じ柔軟剤を使えば同じ香りになるだろうがって顔をすると、また笑って。
「シコる時のオカズにもなんで」
「おまっ、何っ」
「なんで、あざっす」
こんだけヤッてまだ足りないのかよって呆れると、楽しそうに笑ってる。週末は何度でも抱き合うし、平日だって、まぁ、それなりに、まぁまぁ、やるし。その上、帰ってからまだ、自分の部屋でするとか。
でもきっと、俺が呆れても、喜んでも、どちらでも元彰は笑う気がして、どっちにしても元彰を楽しませてしまいそうでリアクションに困るんだ。溺愛なんてされると、恋愛自体まともにしてきてなかった俺はどうしたらいいのか困るばかりで。熱くなって仕方ない頬を隠すための可愛くない文句くらいしか言えなくなってしまう。
「すげぇいい匂い」
「ちょっ!」
言いながら、今、自分が着ている服の端を持ち上げ、鼻先まだ持っていくと、匂いを嗅ぎながら俺のほうへと視線を意味深に向けて。
「いーから! 嗅がなくて!」
「そんなに照れなくていいっすよ。照れた時の治史さん可愛いからまた襲いたくなる」
「あ、アホ、ここ玄関だ」
普段無口なくせに。
「っす。マジでいい匂いなんで」
「そんなわけあるか」
「真っ赤」
違う。
真っ赤なのは。
普段無口なくせに靴、履いたのにまだ帰らずに玄関先で立ち話を続ける元彰が、なんか。お前も、この週末が終わるのを嫌がってくれてるみたいだったから。
「し、知らないっ」
真っ赤なのは。
元彰の腹筋見て、なんか、ほら。ついさっき、その腹の上に乗っかって夢中になってたなって。なのに、なんか。
今さっき、こんだけヤッてまだ足りないのかよ、と元彰に言った自分も同じじゃないかと呆れて、照れて、赤くなっただけ。
また欲しくなった自分に呆れたから。
「ほら、も、いーから、帰る」
「あ、そうだ」
「?」
「俺、明日、品質保証部の人と、それから品証部部長と、監査同行したいんすけど」
「はい? けど、だってお前」
「俺担当の仕事は終わらせて手持ちないっす。そんで明日一日は業務空き作ったんで、そこで行きたいっす。すんません。言うの前日で」
監査に同行?
「も、早くに言えよ」
「言おうと思ったら、倉庫に村木と行けって言われた」
「その後、いうタイミングいくらでもあっただろ」
こうして週末一緒にいたんだから。いくらだってあったはずだ、たったそれだけのこと。
「いやっすよ」
「!」
「週末は治史さんのこと独占できる貴重な時間なんで。仕事の話して気逸らしたくない」
気って。
「週末は恋人なんで」
「! ……ン、っ……ぁ、ふっ」
腰を引き寄せられ、玄関先に立つ元彰にキスをされた。濃厚で絡みつくような甘いキス。玄関先から一段分上がったフロアにいる俺は、下から奪うように、独り占めしたいと口の中を好き勝手に蹂躙していく舌に感じてたまらない。いつもは上から奪われるキスが同じ目線で、同じ高さで、少し下から差し込まれて絡め取られて、普段と違う味さえしてくる。
「っ……も、激し」
「寝に行ってきますのキスっす」
「っ」
キス一つで息が乱れるようなの、するなよ。
「なんだ、それ」
「いいんす」
あぁ、ホント。
「監査同行のこと急ですんません」
「いいよ。別に」
「勉強になると思ったんで」
「あぁ」
連絡は確かにして欲しかった。仕事の割り振りが変わることもあるし、部下の現状把握は最低限の仕事だから。言って欲しかったけど。
「そんじゃ」
「あぁ」
「また、明日から、よろしくお願いします」
「あぁ」
そこで元彰は帰って行った。その途端に静かになった自室で、玄関ドアをじっと眺めてる。まるでもう一回くらい開いて、そこから主人が顔を出してくれないかなと願う猫みたいに。
――はい?
声、きつかったな。言い方も、少しきつかった。
上司として、業務報告はして欲しかったけど。でも。
「……」
明らかにさっきの俺はその上司としての立場だけで言ってなくて。
「……はぁ」
明らかに、元彰の恋人としての小さなヤキモチみたいな、独占欲みたいな、恥ずかしくなるような恋愛感情から言ってしまった言葉で。
「ホント……」
週末が終わってしまうことを名残惜しむ、まだ恋人と一緒にいたいと駄々を捏ねたくなる、まるで我儘なことばかりを考えてしまう自分がいて。
思いがけない自分の恋愛体質なところに狼狽えているんだ。
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