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社員旅行編 7 可愛い奴

「は? 社員旅行? ……すか?」 「そ」  今時の若手はこういう類のイベント嫌がるからなぁ、なんて思った。それでなくても、宴会とかになると昔気質な悪ノリが出るというか。一気飲みなんてこといまだにしたがる中堅層もいたりして、だから若手は新人枠から外れた瞬間、飲み会関係には来なかったりする。新人はほぼそういう会社イベントに強制的に参加させられるから。けど、一応、一年経つと、また新しい新人が入ってくるわけで。そうなったらお役御免になる。新人枠からは外れて「若手」としてイベント関係の強制参加もなくなる。  うちの品質部部長なんかはそういう昔ながらのノリが好きじゃない人だからそこまで……じゃないけど、生産部と営業部は本当に昔ながらっていうところがあって。毎年、飲まされすぎて潰れる新人がいたりするんだ。  だから、その二部署に配属された新人はとにかく「一年」我慢をする。けど、そこで若手がヘルプを出してあげたり、新人一年生同士で助け合ったりして、団結力が、なんて都合の良い解釈をよく中堅層はしてたっけ。  なんてこともあるのが地方の大企業だったりするわけで。町工場とはいえ都心部にあった元彰の工場にはそういうのないだろ? 社員旅行なんかもなかったみたいだし。あの品質保証部部長が、「ほら若手なんだから枝島は飲み会強制参加だ!」なんてたった三人に部署でやるわけないし。  だから来たくなければ断っておくよって。 「行く」  思ったんだけど。 「え?」 「だから、行く」  即答で、まっすぐそう言われて、少し驚いた。 「え? なんでダメなんすか?」 「あ、いや、そうじゃなくて、急だったし。ただ一日中ブラブラしながらの長時間飲み会ってだけだぞ。来週の週末だし」  すごいよな。土日使って社員旅行。  金曜日も仕事、月曜日も仕事。休みなし。まるまる二週間、職場の人間と顔を合わせ続けるんだ。  若いのは嫌だろ?  プライベートないじゃんって。 「けど、治史さん行くんすよね?」 「まぁ、課長だから」 「なら行かないわけなくないっすか?」 「いや、まぁ……」  けれど、内心、少しだけ、ほんの少しだけ「え? 社員旅行すか?」って怪訝な顔をして欲しかったりもした。宴会、あるから。 「急すぎるかなって」 「毎週末、治史さんと一緒にいるんすよ? それなのにそこ社員旅行じゃ一緒にいられないじゃないすか。無理っす」 「っ」  宴会、あるから。  そしたら、品管のあの若手女性社員来るだろ。きっと。 「嫌なんすか?」 「嫌な訳ないだろ。けど、うちの会社本当に、そういうとこ昭和気質っていうかさ。お前はもう新人じゃないけど、きっと一気飲みとかさせられそうだし。品質部長はそういうのさせないけど、お前、生産部とかにもけっこう気にいられてるじゃん」 「っす」  きっと、お前のところに来て、その、まぁ、なんていうか、迫ってきたり、しそうだろ? 上司だからとそれを咎めるのもどうなんだって感じがするし。別に社内恋愛は禁止されてないし。社内恋愛の末結婚した社員もいるくらいだし。だから、その、若者がそもそも少ない地方だと、職場こそ出会いの場になってたりもして。 「だからきっと飲ませられるぞ」 「平気っすよ」  彼女もそんなつもりがあったりするかもしれないし。 「つか、なんで顔、赤いんすか?」 「! こ、れは」  それに何より恋人って顔が出そうだろ? ほら、今みたいに。隠せる自信があまりないから。 「なんか、俺が社員旅行に行ったらマズい?」 「マズイわけないだろ」  だから。 「じゃあ行く」  その言い方。 「どこなんすか?」 「ってか、それも確認せずに行くって決めるのかよ」 「行く。場所は?」  なんか可愛い。「行く」って言い方。 「温泉。観光バス一台貸し切って、朝出発して、どこだっけ、場所忘れたけど工場見学してフレンチ? だったかな、昼飯。それで早めに旅館のある温泉地に行って、午後から自由時間。宴会が」 「午後に自由時間あるんすか?」 「あるよ」 「部屋は?」 「あー、それは聞いてないけど、若手枠かな」 「は? じゃあ、治史さん、課長同士?」 「いや、そこはわからないけど」  別に寝るだけのことだから。  寝るまで宴会だし。酒飲んで、寝るだけ部屋に戻って、起きたらもう部屋出るだろ? たったそれだけだから誰と同室になるのかなんて気にしてなかった。 「あ、思い出した」 「?」 「去年も、社員旅行してましたよね。はちさん」 「! そ、だっけ」 「してた。浴衣の写真のっけてた」  そうだったかも。浴衣に旅館のロゴとか入ってなかったから。 「絶対に行くんで」  あの時、コメント結構もらったっけ。一緒に温泉とか入った社員が羨ましいとか。 「あと」 「?」  元彰も? 「温泉、なんすよね」  思ったりした? 「そうだな」 「……」 「でも、部屋にあるシャワーで済ませるかな」 「けど、それじゃ」 「朝なら誰もいないだろうから朝にでも温泉は入るよ」  ほら、全員強制参加の宴会で酔っ払ってるだろ。早朝にそれでも入りたいなんて奴いないだろうから。 「っす」  なんか可愛い。 「つか、なんで笑ってんすか」 「いや、だって」  行くって即答したのも、一年も前のはちのことを覚えていてくれたのも。なんか全部可愛くて。 「楽しみになったから」 「!」 「俺、社員旅行ダルいなぁって思ってた方なんだけどな」  そうだ。思い出した。  ――今日は社員旅行。これから宴会。もっとゆっくり温泉入りたいんだけど。  そう言って、浴衣の自撮りを首のところからギリギリ見えそうで見えないギリギリまで胸元肌蹴させた写真と一緒にアップしたっけ。 「初めて楽しみになったから」  クスクス笑うと、少しムスッとした顔をした。その表情も可愛くて。 「っす」  笑いながら、キスをしたら、元彰が少し赤くなったりして、胸のところがキュって帯を結ぶように締め付けられた。

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