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社員旅行編 12 いいなってさ

 あぁ、もう。  油断した。  というか、本当に、なんというか、ダメなのに元彰といると、つい、本当に気が緩んだ。  まさか足湯に浸かりながら、肩借りて居眠りするなんて。  ――大丈夫ッスよ。誰も来てなかったんで。  それならいい、んだけど。  いや、よくはないんだけど。  なんというか。  肩を貸してくれた元彰がやたらと嬉しそうにしてるのも、とにかく気恥しい。ものすごく気恥しい。かなり。  もし、できるのならそんな無防備にも居眠りをした自分の肩を揺すって叩き起したい。 「それでは! 日頃の皆様のお仕事に感謝を込めて!」  あんなに油断しきって居眠りするだなんてダメだろう。気を引き締めろ、今は品質保証課課長――って、それからもう何十回も唱えてる。 「かんぱぁぁぁい!」  気恥ずかしさを誤魔化すように溜め息をつきながら、ついに宴会が始まったと一気に賑やかさをました中でグラスを傾けた。  俺の隣には部長、向かいには品管課長が座っている。そして俺の座っている列に品質保証メンバー。品管課長の座っている列に品管メンバーが並んで座っていて。元彰は……。 「……」  役職、在籍年数で大体並んでいるのだろう。俺の席から一番遠いところに村木と一緒に並んでいて。  仕方がないのだけれどほぼ同じ在籍年数の品管若手が向かいあわせで並んでいた。そこにあの女性社員も並んでいる。  きっと元彰がいなければ若手は盛り上がってるなぁ、とのんびり眺めてるだけだろうけれど。 「……」  賑やかだな。すごく。  はしゃいでるのは村木だけど。その隣にいる元彰も笑ってる。  あ! ほら! 今、ちょっと笑った。それから何か話して、頷いて、また笑ってる。 「仲良さそうだな」 「!」 「うちの若手とそっちの若手」  気が付くと向かいのお膳に座っていたはずの品管課長が目の前に来ていた。ビール瓶を持って、お酌をしてくれている。 「枝島くん、だっけ?」 「えぇ」  品管の課長は曲者だ。そして切れ者。 「彼は良いね。すごく」 「どうも」 「あと半年?」 「一応、は」 「そっか。あと半年か」  そう独り言のように呟くと、うなずいて品管課長が遠くで盛り上がる若手を眺めた。  その視線からだけでは何を考えてるのかよくわからない。  年齢は俺よりやや上。同期ではないけれど、この課長がまだ若年世代だった頃も知っている。その年代の中で群を抜いて優秀って言われてたっけ。  数年で主任、課長代理、課長って、とても順調に昇って行った。 「この前、監査に同行してもらったけと、着眼点がよかった。きっとよく躾られてるんだろうと思った」 「熱心な検査員なので」  結婚、してたっけ? 確か独身だったと思う。そういうの興味ないから不確かだけれど。  あんまりプライベートがわからないというか。俺があんまり興味がないし、自分にプライベートを人に明かしたくないし、話したくないから、周囲のことを聞くつもりもない。 「確かに熱心だ。うちの品管にもああいう熱心な若手が増えると助かるんだけどね」 「そうですか? 品管の若手の方がうちよりしっかりしていると」 「あはは」  そこで笑った理由がわからなくて、やっぱりこの人は苦手だなって思った。なんというか掴みどころがないんだ。だから、あまり――。 「久喜課長」 「! あぁ」 「お酌、してもいいっすか?」  いつの間に。  元彰だ。 「あ、あぁ、ありがとう」 「っす」  くすぐったい。普段一緒に食べる時はお酌なんて、しないから。 「おや、じゃあ、僕ももらいたいな」 「っす」  にっこりと微笑む品管課長にもお酌をして、その場にじっとしている。 「枝、島も飲むか?」 「っす」  そして元彰の手から水滴をたっぷりくっつけている冷えた瓶ビールを受け取った。 「さてと」  品管課長はそこで膝に手を置いて立ち上がると他の部署へとお酌をしに出掛けていく。あとで、俺も色々行かないとだ。元彰と村木も連れて。顔は覚えておいてもらって損はないし。品質部は管理だろうが保証だろうが、あっちこっち他部署へと確認の問い合わせをすることが多い部署だから。 「あと、久喜課長」 「?」 「これ、どうぞ」 「? あ、いや、そんなに」  空調は効きすぎなくらい効いてはいるけれど。別に、寒いわけじゃないぞって、でもありがとうって、差し出された羽織りを受け取るだけ受け取って、また脇に置こうとした。 「着て欲しいんすけど」  小さな声。俺の隣にいた部長もどこかに消えていたし、反対側の隣にいた課長代理も今はいない。その隣にまでは若手たちの賑やかな声で、元彰の小さな声はかき消えて聞こえない。 「浴衣姿……あんま見られたくないんで」 「!」 「酒、飲んで顔赤いし」 「!」  これは、そういうのでは。  酒って言ってもまだ宴会始まったばかりで、その。そんなに飲んでないし。 「だから着ておいてください」  それをいうのなら、元彰こそ、羽織れよ。  俺が顔が赤い理由なんだから。  お前が俺の浴衣姿に、そう思ってくれるみたいに、俺だってお前の浴衣姿に思うんだから。 「久喜課長」  いいなって、思うんだから。

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