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社員旅行編 13 世界一不器用な部下
――浴衣姿……あんま見られたくないんで。
そう言ってなかったっけ? 俺の浴衣姿なんて、なぁんにも別に大したものじゃないだろ。お前の、その浴衣姿にしてみたら。
―― 酒、飲んで顔赤いし。
あの時点で、まだビール二杯目だっつうの。二杯目で真っ赤になるわけないだろ。
それだけ宴会が盛り上がっていたため俺のこと見てなかったってことなんじゃないでしょうか。
―― だから着ておいてください。
そうは言いますが、宴会場、熱気がすごいのかなんなのか。暑くて、この中で浴衣に羽織まで着てたらおかしいだろ。どれだけ寒がりなんだってなるだろ。
「えー、枝島さんすごい筋肉ー! ジムとかで鍛えてるんですか?」
「あ、いや……別に」
ほら、会場が大盛り上がりな中で羽織なんて着てたら、体感温度違いすぎて悪目立ちするだろうが。
そっちはもう腕まくりしてるくらいだし。おかげで女性社員が、ワーって騒いで、キャーって賑やかになって。村木も張り合って。お祭り騒ぎだ。
「……」
なんて、ただのやっかみ、だな。
「ふぅ……」
一つ、深呼吸をして席を立った。
どうにも、上司と部下にちゃんと慣れてなくて、そこにアルコールも入ったら、思い切り表情に出てしまいそうで。
ダメ、だろ。もう。
「はぁ」
宴会に使われてる大広間を出ると、襖一枚で隔てられたこちら側がやたらと涼しく感じられた。近くに厨房があるようで、忙しない、カチャカチャと食器たちが楽器のように賑やかな音を立てている。
フロントまで行ってみると、大きな壁掛けの時計が退屈そうに振り子を揺らしていた。
もう七時半か。
宴会、九時までって言ってたから、あと一時間半もある。あのお祭り騒ぎが残り一時間半も続くのか。
去年の社員旅行の時は少し退屈すぎて、写真、撮ってSNSに上げたっけ。
本日二回目の投稿って言って。
周りが酔っ払いばかり。とか、呟きながら、ちょっとだけ隙を見つけて戻った部屋の大きな鏡の前で写真を撮った。顔は鏡にかざしたスマホで隠して。
一枚目よりも肌蹴た浴衣が好評だったのを覚えてる。
俺も酔っ払いたいとか、言われたような。
あの写真も元彰は覚えて――。
「久喜課長……」
「!」
びっくりした。呼ばれて、パッと顔を上げて。それからその呼びかけた相手が思っていた相手じゃないことに少し落胆して。
「お疲れ様」
「お疲れ様、です」
呼びかけた相手は元彰じゃなかった。
「あの、派遣の俺なんかも参加させてもらって」
相手はうちの品質保証部に配属されている派遣社員の一人だった。
「いや、俺は何もしてないよ。それに派遣だと旅費かかるだろ? 半分だっけ? 補助出るの」
社員は無料。といっても、毎月イベント費としていくらか徴収されていて、その徴収された分がこういうイベントに当てがわれてる。もちろん、それだけじゃ大掛かりな旅行は賄いきれないだろうから、そこは会社が補助として支給してくれている。派遣はそのイベント費の徴収がないから、もしもイベントに参加するのなら料金を支払わなくちゃいけない。その金額が、社員が支払ってるイベント費の半分程度、だったかな。それを支払えば普通に参加することはできる。
会社の方針だ。
パートさん、派遣もどんな業務形態だって、一緒に製品を作っていく仲間だっていう。まぁ、それなら全額、社員と同等に補助すればいいのにって思うけど。
「いえ! でも、やっぱ派遣だと来にくいって言って今回不参加にした人もいるみたいで」
「あー、そうなんだ」
「はい」
でも、まぁ、大きな会社だから、派遣とパート、社員をくっきり分けたがる人もいるだろう。実際派遣は特に職務内容がガチガチに決められている。例えば彼は品証部所属だけれど、検査はしない。するのは書類の作成業務の身。そういう契約になっているから、他の、検査だったり別のことをさせた場合は契約違反となる。もちろん、その中でもたまには少し契約業務とは違う場合もあるけれど。それを許容するかしないか部署内とその派遣個人の判断かな。できるだけ俺は契約している業務以外はさせないようにしているけれど。けれど、それを良く思わない人もいるんだろう。業務をそこまできっちり分けるのなら、仲間とはいえ、こういうイベントにもきっちりと線引きをするべきだって。
「うちはないよ。そういうの」
誰でも、同じ会社の、仲間だ。
それが三年契約の派遣社員でも、パートさんでも正社員でも、もちろん、傘下の工場メンバーでも。
なのに、ダメだなぁ。若手同士意気投合するのは良いことなのに。
「あ、の……」
「?」
自分のちっちゃな心に苦笑いを溢した。
「あの、久喜課長って、その」
「?」
「あ、や、えっと、前は」
「?」
「前はすごく厳しい人って思ってて、少し話しかけにくいっていうか。けど、優しい人だなって思って。派遣なんだから、とか絶対に言わないし。派遣相手でも、誰でも同じに接してくれて、すごく嬉しくて。だから、俺、今日の旅行もすごく、あの」
そんなことは、ないけれど。
「あの、それで少しでも一緒に過ごせたらっていうか、その思って」
「……」
「旅行、楽しみで」
「……」
「俺、その、ダメ元なんです! ただ気持ち言いたいっていうか。その聞いてもらえるだけでいいんで! もう契約切られてもいいんで! その、俺っ」
「久喜さん」
「!」
心臓、止まった。
一瞬。
「……ぇ、ぁ」
元彰。
「こんなとこにいたんすか」
「あ、あぁ」
「ちょっといいっすか?」
「え? いや、今」
「久喜さん、は…………」
俺、は?
「……………………今、ちょっと外に古い、椅子があったんで、一緒に見に行くんで」
俺?
椅子を?
なんで?
「仕事、熱心な課長なんで」
そうか?
そうでもないぞ。
「あ」
「悪い。話しはまた今度でいいか?」
「あ、はい……あの」
「宴会、楽しんで」
「……はい」
そして。
「………………仕事熱心なの、部下の枝島の方だろう?」
言い訳が世界一下手な部下に連れ去られながら、酔っ払いな俺は笑ってしまった。
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