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社員旅行編 14 世界一可愛い部下
彼、何か言おうとしていたと思うんだけど。
あまり勘のいい方ではないけれど、あれはもしかしたら、告白、だったかなって思うんだけど。
顔を赤くしていたし。
でも気が付かなかったな。
そういうふうに思われていたなんて。
全く気が付かなかった。
そんなことをまだアルコールが頭の芯に染み込んでいそうなまま、ふらりふらりと元彰の広い背中を眺めて歩いてる。
玄関先で借りたサンダルがペタペタと呑気な足音を石畳に響かせながら。
無口だけれど、全神経を俺へ向けているその背中に小さく笑った。
紫陽花、かな。
でももう夏真っ盛りで花は見頃をとっくに過ぎていた。枯れて、日のあるうちに見たらきっと渋い茶色混じりの少し寂しそうな花色をさせているだろう。梅雨時期にここに来たら、きっととても綺麗な紫陽花の群れなのだろう。けれど。
今は朝顔が見頃で。
正面エントランスのところに竹筒がいくつも屋根へと架けられていて、そこにトグロを巻くように朝顔の蔓が絡みついていた。朝にはとても綺麗に咲くんだろう。
「……それで? どの椅子を一緒に見るんだ?」
「…………」
「古い椅子、見るんだろ?」
さすが家具製造会社。こんなところに来ても、家具を見ると、検査の視点から眺めてしまう? と笑って、早くその目的の椅子を見せて欲しいとせっついた。
振り返った元彰はムスッとした顔をして、口をへの字にして。
「失敗した」
「?」
「品管課長のこと注意してたのに、まさか部署内にもいたなんて」
「は? お前、何言って。品管課長って」
「だって、治史さん、品管課長のこと褒めるじゃないっすか」
そりゃ、だって、本当に優秀なんだから褒めるだろ。
ポカンとした俺の顔をじっと見つめてから、プイッと目を逸らして、黒髪をかきあげた。腕、さっき、女性社員に褒められていた腕の筋肉質な感じに、俺も、暗闇でわからないとは思うけれど、赤面して、少しばかり喉奥をキュッと締め付けながら。
「実際あの人、頭良いし、仕事できるし」
「おま、それだけで」
「何より、そんなにできるのに独身って、絶対になんかあるでしょ。だから、俺、牽制しつつ、色々と」
「もしかして! それで! お前、外注監査に?」
「っす」
なんだ、それ。
「こっちにいられるのあと半年なんすよ? あと半年で、全員、調べるんで」
「はぁ?」
「治史さんのこと良いなって思ってる奴がいないか」
「おまっ何言ってんだ」
「だから、ちょっとだって離れたくないけど、あっちこっち顔出して。それ言うのもガキくさいし。仕事ダメなようじゃそれこそダメだから、頑張らないととも思うし。けど、一番は」
なんだよ、それ。
うちの会社、本社に何人働いていると思ってんだ。
百人単位だぞ?
―― この前は生産の方にも行ってたし。その前は設計にもCAD触ったことないからって行ってたし。勉強熱心っすね。
各部署に出向いて、勉強して。それはすごいことだって思いながら、なんだか、あの頃の、品証で黙々と仕事をしていた頃の元彰と全然違うことに、なんとなくモヤモヤしたりして。
無愛想で無口なはずの元彰が、笑いながら誰かと話してるのを見ると、子どもみたいに口元がへの字に曲がってしまいそうで。
今の、元彰みたいな顔をしてしまいそうで。
「貴方を他の誰にも盗られたくない」
誰にもあげないと、駄々を捏ねる子どものような顔。
もう、なんだよ、それ。
「それで、あっちこっちに顔出してたのか?」
「っす」
嬉しくてにやけるだろ。
「でも、それ、無駄じゃないか?」
「?」
「そんなことしても」
「んなっ、そんなんっ」
わからない?
でもやっぱり無駄だと思うよ。
「だって」
「…………」
そっと口付けた。
ここ外だし、暗いし、あるのは枯れきった紫陽花の花ばかりだから誰も夜の散歩でここは訪れないだろうから、した。今、触れたかったから、キスをした。
「他からどんなアプローチされようが、俺は気が付かないし、完全スルーだよ」
「……」
「世界一不器用な理由で上司を呼びつける部下に夢中だから」
「……」
キスしたかったから。
「……ん」
キスをした。
「治史さん」
枯れた紫陽花に囲まれて、そっと、世界一不器用な部下にキスをした。
世界一可愛い部下にそっと気持ちを込めてキスをした。
「元彰のことばっかり見ているんだ。他のアプローチなんて気がつかない」
「っ」
もう一度、キスをしようと首を傾げたら、強く腰を鷲掴みにされて、引き寄せられて、その腕の中に閉じ込められた。
「……ん、ちょ、おま、これ以上はっ」
舌、熱い。
「治史さん」
「あっ、ン」
首筋にキスする唇も熱い。
「去年の社員旅行の時の二枚目の写真」
「あっ」
やっぱり見てたか?
「あれで俺、抜きました」
「あっ、ん、待って」
「見えそうで見えなかった乳首にキスしたくて、何度もオカズにした」
「あ、あぁっ」
齧りつかれて、腰がズクンと熱を孕んだ。
「あ、そこっ」
乳首を舐めてキスをする唇の熱さに溶けそうだ。
「治史さん」
「ぁ……もっと」
理性、溶けそうだ。
「そこにキス、して」
そうねだった自分の声がひどく甘ったるくて気恥ずかしいから、背中を丸めて、紫陽花に隠れるようにしながら、その熱い唇の割れ目に舌を差し込んだ。
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