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恋人編 4 年下ワンコ
今日のお弁当どうしようか。冷凍食品、なんかあったかな。あ、唐揚げあるから大丈夫かな。ミニトマトもあるし。枝豆あるからそれで、色味は……。
「お弁当っ!」
伊都の! 夏休みだから! お弁当を!
「っぷ、すごい寝言ですね」
「……」
「おはようございます」
「……ぁ」
「寝顔観察しちゃった」
「!」
言われて、なぜか頭の寝癖を確認した。確認しながらやたらと静かな朝が不思議で仕方ない。
そうだった。今、伊都は姉のうちにいるんだった。
「今、朝食作り終えた。あと、二十分くらい寝てても大丈夫。俺も早番だから一緒に出よう。まだ、寝てれば? 昨日、ちょっと俺、タガが外れてたでしょ」
言いながら笑って、ベッドの端に腰を下ろして、頭を撫でてくれる。これじゃどっちが年上なんだかわからくなるほど君の余裕に俺は赤面してしまう。
「身体、きつくない?」
昨日の俺たちはちょっと貪欲だったから。欲しがって、与えたがって、溶け合いたくて仕方なかったんだ。甘くてやらしくて、卑猥なくらいのセックスがしたかった。
「だ、大丈夫」
身体の奥にまだ君の感覚が残ってるけれど。君に激しくされた時のことをまだ覚えているけれど。それがとても甘くて心地良くて、ちょっと恥ずかしい。いつもだったら、ほら、恋人の甘い雰囲気とか翌日には消しておかないといけないから。
もう起きてお弁当を作ってないといけない時間帯。忙しく、お弁当と朝食を用意して、睦月はそんな時少しおっとりしている。笑いながら、さっと手を伸ばして手伝ってくれる。気がつけば洗濯物を干してくれていたり。そんなペースが心地良くて、ふっと自分も落ち着けるんだ。
――おとおおおさあああん! お弁当どうするの? これ? この袋? 包むの。
そんな伊都の声を思い出す。慌ただしいけれど、三人で騒がしい朝。
だから、今日は静かで穏やかで、身体に残る昨日の君とのセックスの余韻がとてもはっきり感じられる。ちょっとこそばゆくて、そして……伊都のことを思う。
「伊都、もう朝ご飯食べた頃ですかね」
いつもは背筋をピンと伸ばす睦月が少し背中を丸めて、窓の外を見ながらそんなことを呟いた。俺が伊都を思うのと同じタイミングで、伊都のことを話してくれる。
「どうだろう。姉さん、朝苦手だからなぁ」
「そうなの? 姉弟で似てる」
「! たしかに。言われて気がついたけど」
笑わなくてもいいだろ? 口元を手で押さえて笑う睦月に少しだけ膨れっ面をしてみせた。
俺はアラームが鳴っても起きるのはビリッケツ。睦月がいちばん早くて、そんな睦月になりたい伊都は追いかけるように起きてくるんだ。もう、伊都は自分の部屋で寝てるから。キッチンや洗面所から聞こえてくる睦月の気配に伊都が飛び起きて、その横にぴったりとくっついてる感じ。だからかな。伊都はどちらかといえば、睦月に似ておっとりしている。ゆっくり、けれど、ダラけてるのではなく動く感じが睦月そっくりだ。
「あ! じゃなくて! ごめん! 朝食!」
「じゃあ、もう食べようか。昨日、たくさん運動したし」
差し伸べられた大きな手に掴まると、静かすぎる部屋で聞こえてしまいそうなほどドキドキして、年甲斐もなく胸が躍った。
今日の夕飯はどうしようか。明日も仕事だから、お酒はまだ飲まないよね。睦月は仕事の後にスイミングトレーニングがあるから、お酒はできるだけ控えてる。体重のこととか、体脂肪のこともあるんだと思う。だから、晩酌は次の日が休みの時だけ。俺は、別にそんなのないけれど、睦月と同じようにしている。
休みの前日だけの晩酌って、どこかワクワクするから。何かとてつもない楽しみがこの後待ち構えているような気にさせてくれるから。
なんて、まだ勤務中に考えててはいけないけれど。
「あの、佐伯さん、この報告シートなんですけど」
「はい。あ」
「こんにちは」
あの新人君がうちの部署に届ける書類を持ってきてくれたようだった。
「昨日、カレーにしたんですか?」
「え?」
「カレーのとこにいたから」
「あぁ、うん。カレーにした」
人懐こい子なんだろう。ちょっと犬っぽい感じがする。ボールでも転がしてあげたら喜びそうな感じが、なんて言ったらさすがにおおらかそうな彼もムッとするだろうけれど。
「いいなぁ。カレー。俺、ひとり暮らしだからカレーってコンビ二かレストランのばっかで」
「あー、自家製のって少し違うよね」
「ですよね!」
ほら、こうやって返事が飛び跳ねるような感じになるところも犬っぽい。あと、まだ着慣れてないスーツの感じがさ、似てるんだ。毛皮に覆われているのにその上から服を着せられてる感じに。なんて、彼を犬に見立ててみたら可笑しくて、つい笑ってしまった。そんな俺に、笑われてると知らない彼が首をかしげ、釣られて無邪気に笑っている。
「そうだ! 佐伯さんって、前に営業にいたって聞きました!」
「え? そんな昔のこと」
「部長が」
あぁ、なるほど、って納得した。あの当時は部長じゃなかったけれど、営業班のリーダー的存在で俺に期待をかけてくれていたっけ。
「すごい成績優秀だったって」
「あはは、そうだね。営業やってたこともあるけど」
「今も戻って来てくれたら助かるって、仰ってましたよ」
「あはは」
急遽のことだったから。麻美のことも営業職からの移動のことも。それまでメキメキ働いて、働くことに一生懸命だった自分。数字を追いかけ続けてた自分。もう今となっては過去のことで懐かしさしか残っていない。
「俺も、佐伯さんから営業ノウハウ教われたらいいのにーって思いました」
「もう何年も前のことだよ」
「けど」
あの時はあの時で楽しかったけどね。どこかやっきになっている自分がいたなぁって、ワンコのように屈託なく笑う新人君を眺めながら思い出していた。
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