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2回目のバレンタインSS 1 スペシャル中のスペシャル
「伊都―!」
あ、宿題してる最中だったか。
学童でよく一緒にいる男の子と机を合わせて勉強している途中だったらしい。俺を見つけて、ちょっとだけ表情を和らげたら、急いでランドセルに荷物を詰め込んだ。
「おかえり! お父さん!」
「ただいま」
二年生になって黄色のカバーがとれたランドセルの中で、ノートやら筆箱が踊っているんだろう。ガシャンガシャンと賑やかな音をさせながら、伊都がこっちへ走ってきた。
「睦月は?」
「今日は遅番って、朝、言われてたよ?」
「そうだっけ? えー、側転見てもらいたかったのに」
水泳のコーチだけれど、やっぱり運動神経はすごい良くて、よく伊都に体操のレクチャーをしてくれてる。布団をマットの代わりにして、最近は側転の練習をしていた。
「そっかぁ……遅番かぁ」
スニーカー、もうそろそろもうワンサイズ大きいのを買ったほうがいいかな。最近、またグンと背が伸びた。俺の血、ってわけでもないし、麻美の血でもないと思う。睦月の……遺伝的にはないはずなのに、なんでだろうね。
「行こう! お父さん」
笑った顔は少し陸月に似てる気がする。
睦月は、伊都の憧れの人で、尊敬するヒーローで、俺の……恋人で。
「今日の晩御飯なに?」
「野菜炒め」
「やた! 大好き!」
俺たちの、家族だ。
「……い、伊都くん」
靴を履いた伊都が三段の階段を一気にジャンプで下りた時だった。女の子の儚げな声が伊都を呼んだ。
振り返ると、真っ直ぐな長い髪に、少し長めの前髪、ピンク色のニットを着た女の子が立っていた。
こんばんはって挨拶をしたら、この薄暗い中でもわかるほど真っ赤になって、ぎゅっと手を胸のところで握り締めて、幼い声で挨拶をしてくれた。
「あの、伊都くんって、甘いの、好き?」
「……好き、だけど」
「あ、あのっ、えっと、そっか……私も! 甘いの好きっ」
「? うん」
「一緒だねっ」
「? うん」
ただそれだけをいうと、頭を下げて、その子は学童の教室へと戻っていってしまった。
「……?」
今日は二月の七日。甘いもの、好き? だって。
「行こう。お父さん。もやし売り切れちゃう」
「ぁ、待っ」
伊都のランドセルは去年まではカバーの黄色だったから暗闇でも充分目立っていたんだけれど、今は、すぐに夜道に紛れ込んでしまう。
「伊都、今の子、付き合ってる、子? とか?」
バレンタインは来週。甘いものが好きか? って訊くってことはチョコを渡そうとしてるわけで。それで、あらかじめ尋ねるんだから、もうそこに好意があるのは明らかで。明らかってことは、もうすでに交際をしているのかなぁ、なんて、思ったんだけど。
「んーん。俺、付き合ってる子いないよ」
違ってたらしい。
「そうなの? でも、すごく可愛い子だったよ?」
美人系といってしまっていいものか。でも、綺麗な子だった。
「可愛いからって好きに、ならないよ?」
まぁ、そうだよね。可愛いからってだけで好きにはならないけど。でも、ほら、このくらいの年頃なら可愛いからカッコいいからくらいの感じじゃないのかなぁ。うーん。
「お父さんと睦月みたいになりたい」
「え?」
「俺が好きになった子にチョコあげるんだ」
「……」
「お父さんみたいに」
タタターと駆け出していってしまった。だから、走られてると困るんだ。伊都、君はもう一年生じゃないから。黄色のカバーがないとランドセルは見えにくくなっちゃうんだってば。
「ちょっ、伊都!」
「早くー! お父さあああああん!
君はどんな子を好きになるんだろう。
想像もできないけれど、君が好きになる子は、なぜか男性の君からチョコをもらっても、驚くことなく、ふわりと笑って、大事に、大事に食べてくれる子。そんな気がした。
「へぇ、伊都のことが好きな女の子かぁ」
「うん、そう」
けれど、伊都は全くっていう感じだった。
「……」
「千佳志さん」
ふと、ちょっとだけよぎってしまったことがある。慌てて、掻き消したけれど。
「睦月」
ふと、ね。俺たちのことが何か、理由で、その、伊都が。
「前に、伊都に言われたことがあるんです」
「……」
「お父さんといる時の俺はとても楽しそうだねって」
笑い方が違ってる。テレビを見て笑うのとも、側転が上手くできた自分を褒めてくれるのとも、スイミングで誰かと話している時とも違う笑った顔をするって。
「その顔を見るのがとても好きって」
「……」
「千佳志さんもそういう笑い方をするんだそうです」
二人は二人でいる時だけ、特別な笑い顔をする。
「伊都は自分もそういう笑い顔をする人を探してるんじゃないかな」
「……」
「まぁ、ある意味、俺たちのせいかもしれないけど」
ここにある「好き」はとても大事で、大切で、特別だ。伊都はそれを間近で見て、触れて、その中で育った。
「ちなみに」
「?」
「それが野菜炒めの時はスペシャルの中のスペシャル、だそうです」
ただの野菜炒めなのに?
「でも、それは仕方がないかなと」
「睦月」
「俺の大好物、ですから」
そう言って、首を傾げた睦月が笑った。ふわりと、花びらが舞うような柔らかく甘い香りをまといながら、笑った。
だから、俺も、笑いながら、そっと、彼がキスしやすいように、首を傾げて、瞳を閉じた。
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