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2回目のバレンタインSS 2 バレンタインはもう間近
「あははは。伊都君らしいー」
「笑いすぎだよ。藤崎さん」
彼氏さんへのチョコレートの大体の目星をつけるため、お昼休憩の間、ネットサーフをしていた藤崎さんが、ケラケラと笑った。
「もっと、こうさ、小学二年生なんだから、もう少し単純明快というかさ」
「いいじゃないですかぁ。うちなんて女子だから、それこそ、もおおお、すっごい大変!」
友チョコは手作りが必須だからすごくめんどくさいんです! と、溜め息混じりに教えてもらった。女の子は……大変そうだ。伊都に話しかけてくれた子もそうだけど、大人びてるもんね。話し方も女性っぽくて不思議な感じがする。伊都もおっとりとしていて、子どもらしさがあまりないほうかなって思うけれど、そういうのとは違う。ませた感じ。それもまた可愛いけれどね。親の立場となると大変かもしれない。
「フルタイムの仕事してる人間にとって週末のお菓子作りなんて、本当にもう、めまぐるしい時間の中にいきなり居座った岩レベルで邪魔ですよ!」
「そ、そんなに? っていうか、藤崎さんは彼氏にチョコあげないの? 一緒に作ったりとか」
「んー、そこなんですよねぇ。だって、絶対に買ったほうが美味しいしぃ」
「食べるの藤崎さんじゃないでしょ?」
「食べる側の男の人って、ズルイと思います!」
だから、友チョコっていう制度ができたんです! と、元気に宣言されてしまった。でも、だからこそ、その友チョコは美味しいチョコを食べたいんだと、ネットサーフの結果、目には癒しの、胃袋にはちょっとした拷問の甘美なチョコレート画像が並ぶ。
「伊都君もだけど、佐伯さんもモテそうですよねぇ」
「ぶっ」
びっくりした。自分に話を振られると思ってなかったから、お茶、ちょっと零しちゃったよ。慌てて、口元をハンカチで拭っていたら、「配達でーす」と事務所の入り口のところで呼ばれた。
経理課は事務所の一角にデスクを置いている。人事のデスク群が隣に陣取っていて、配達物が届いた時は大概、人事かこっちの経理課の誰かが対応することになっていた。
「あ、はい」
ちょうどお昼だったから、事務所の人はけっこう出払っていた。お弁当組はちらほら程度で、その中、一番近くにいたのは俺と藤崎さん。藤崎さんも立ち上がって受け取りにいこうとしてたけれど、むせながら俺が先に立ち上がった。
「ハンコですよね。すみません」
「……いえ」
「ちょっと待っててください」
会社のハンコってどこだっけ? まだケホケホとむせている口元をハンカチで隠しながら、ハンコを探した。
さっき、伝票に押した後、どこかに。そう思ったら、藤崎さんの手元にあった。
「お待たせしました。ハンコ」
「お昼休憩中にすみません」
「あ、いえ。お昼の時間こちらこそありがとうございます」
「……」
「?」
配達の彼のほうが大変だろう。大概、このくらいの時間帯にこの配達業者さんは来てくれる。お昼じゃないと、電話の応対もあって、もっとバタついてしまうから、むしろこの時間帯なのは助かるんだ。
「ご苦労様です」
「……っす」
ほとんど聞こえない挨拶をしながらぺこりと頭を下げた業者さんを見送って、デスクへと戻った。
「それで、モテると思うんです」
「え。いいよ、そこ、蒸し返さなくて」
「なんでですか! っていうか、最近の佐伯さん、絶対にラブが溢れてると思うんです」
「え? な、ないって」
ぎらりとする鋭い眼差しにちょっと後ずさりしてしまう。
話しては、ないんだ。睦月のことを。いつか、とは思ってるし、彼女ならおかしな偏見を持たないでいてくれる気がするんだけど。でも、打ち明けるのなら、こういうタイミングじゃなくて、ちゃんと話したいかなって。
「……怪しい」
「あ、怪しくないって。だって、子持ちだよ?」
「あー、そういうこと言っちゃいます? 私も子持ちなんですけど!」
「や、藤崎さんは、ほら、ねっ、もう彼氏さんいるじゃん。だから、モテてるでしょう?」」
「じいいいいい……」
そんな口頭で擬音言われても、さ。
「……でも、いいや」
「藤崎さん?」
「なんか、うん。佐伯さん楽しそうだから、いいや」
「……」
「いつも佐伯さんって笑う時、こう、だったです」
言いながら、彼女が両手の人差し指で八の字を作った。眉毛の形、らしい。そんなに八の字になってた? かなりの下がり眉になっちゃうんだけど。
「でも、今は、こう、です」
今度はその人差し指をふわりと曲げて、緩やかなアーチを描く。
「だから、いいと思います」
藤崎さんは笑うと、残りの一口、きっと好物なんだろう、最後までとっておいた唐揚げを箸で摘むと、口の中に放り込んだ。すごく美味しそうに眉をアーチの形にして、幸せって顔をした。
俺の眉毛、八の字が、アーチの形に……変わったのか。
「さて、と、午後のお仕事頑張らないと」
うん。でも、ちょっとだけ自覚はあるんだ。笑った顔の違いまでは分かってなかったけれど、笑う時の気持ちのありかたはたしかに変わったから。幸せって気持ちがたくさん増えたから。
「あれ……?」
トイレで手を洗って、そこで気がついた。
ハンカチ、どこ行ったっけ? いつもスラックスのポケットに入れているんだけど。
「?」
おかしいな。持ってたと思うんだけど。どこか置いて来ちゃったかな。普段何気なしに使っているものって、無意識下のことだからちっとも思い出せないんだけど。
もう退社する時間。トイレだけ済ませて、今日は少しだけ寄り道をしようと思ってるんだ。去年はチョコレートだったけど、今年はチョコレートリキュールってどうかなって。
さっき、藤崎さんが見てたサイトでチラッとだけ見えたんだ。職場近くのデパートで売ってるらしくて、そういうのいいかもって。もうないかもしれないけど、まだどうしようかなぁって考えてる最中だったからさ。
今年は一緒に食べられたらって思って。
チョコレートアイスを買って、伊都も入れて三人で。大人の睦月と俺だけリキュールをかけて、伊都にはチョコレートシロップをかけて、晩御飯のあと、三人でバレンタインっていうの。
いいかなぁ、なんて。
「あ、佐伯さん! すみません! 私、もう上がります」
トイレを済ませてデスクに戻ると、制服のままコートとマフラーを手に持ってた藤崎さんが退社するところだった。
「お、お疲れ様」
「すみませんっ!」
いつもはのんびりしてる彼女が慌ててるから、娘さんが熱でも出したのかもしれない。インフル流行ってる時期だし、伊都の行ってる学童でも、ちらほらお休みしてる子がいた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです! バス行っちゃうんで」
「あ、じゃあ、送ろうか? 学校」
「え? 学校?」
「? 学校」
お互いきょとんとしてしまった。熱か何かで呼び出されたのかと思った俺と、学校じゃないところに寄るために急いでいた藤崎さんと。
二人できょとんと顔を見合わせて、ちょうどそこに、終業時間のあと、五分の休憩が終わり、ここからは残業になりますと知らせるチャイムが鳴っていた。
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