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2回目のバレンタインSS 3 幸せ空間

「なんか、すみませんっ、でもすっごい助かったぁ」  駅前に向かう道の途中、助手席に座っていた藤崎さんが、ほぅ、と溜め息を零した。 「いえいえ」  チョコレートを買いに行こうと思ってたんだって。週末はお菓子つくりをしないといけないし、きっと彼氏も来るから、バレンタインのチョコレートを堂々と買いにいけそうもない。手作りでは自分自身の楽しみが半減してしまう。今年は赤いチョコレートを狙ってるんです! て、目を輝かせていた。赤色をしているけれど、味は少しスパイシーだけれど、ちゃんとチョコレートなんだって。甘いチョコレートなのに、スパイシーってどういうことなんだろうと興味をそそられた、らしい。それを買いに行きたいから慌ててた。  バスを一本逃すだけでも大きなタイムロスになるから。 「でも、伊都君の小学校ってこっちじゃないですよね? 隣の……もしかして! 私、遠回りをっ」 「あぁ、いいんだ」  どうしようかな。 「? こっちの駅に用が?」 「あー……」  どうしよっか。  伊都の通っている小学校はこっち方面じゃない。つまり今、お迎えに行くはずの小学校からはどんどん離れて行ってることになる。わざわざ、逆走してまで、こっちに来る予定がなければ、さ。変、だよね。  藤崎さんの娘さんの通ってる小学校はこっちだから、彼女にとっては助かることだけれど。 「?」  不思議そうな顔をしていた。そりゃ、そうだ。 「……えっと、さ」  ハンドルを握る手が少し汗ばんでしまう。  緊張してる。  言葉を発するのに苦労してしまうほど、喉のところが急にぎゅっと狭くなるというか、緊張してる。身構えてしまう。 「さっき、言ってたでしょ?」 「?」 「その、モテる、っていうの」  汗ばんだ手じゃミスハンドルしそうでしっかりと握り直した。 「モテる! とかじゃないから!」  でも、言おうとは思ってたんだ。いつも藤崎さんと話す時、少しだけ後ろめたかった。どんなことも笑顔で明るく素直に話してくれる藤崎さんに隠してるのが申し訳なくて、いつか言おうと思ってた。たくさん伊都のことで、働きながらする子育ての相談とか乗ってもらった彼女には話したいと。 「俺、お付き合いしてる人がいるんだ」  隠さずにいたいと思ってた。 「その、えっと、でも、彼女じゃなくて、その……」  同性なんだって。 「なんだー! やっぱりいるんじゃないですか! 彼氏さん? パートナーさん? 恋人、さん?」  いつもどおり彼女の軽やかな声が車内に響き渡る。 「あ、あの、藤崎さん……」 「はい!」 「その、驚かないの?」 「? だって、そういう人いるだろうなぁとは思ってたので。いつかその話とかしてくれるかなって思ってました」  いや、そうじゃなくて、そこじゃなくてって呟いて、運転中だったから、チラッとだけ横を伺った。  藤崎さんはじっとこっちを見てた。隣のデスク、いつもみたいに、子どものこと、学校生活のこと、家事のこと、色々相談に乗ってもらってる時と同じように、親身になって耳を傾けてくれていた。 「お付き合いしてる人、同性なんだ」 「はい」  素直に、スッと落ち着いた声が返事をくれた。 「宮野睦月、さん……って言って」 「あ、伊都君の憧れてるコーチの」  うん、そう。と返事をしたけれど、緊張からか声が小さくて、わかってもらえるようにと頷いてみせた。  名前は言わなくてもよかったかもしれない。何もそこまで職場の同僚に話す必要はなかったのかもしれないけど。でも、藤崎さんとの会話の中で、睦月の話題はけっこう出てたんだ。伊都がやたらと憧れていてるスイミングのコーチ、そして俺も仲良くさせてもらっている。お付き合いをしている人がいる、とだけ話して、その相手は誰なんだろうと思わせたくなかった。これからもきっとたくさんに話題に上がるだろう睦月のことを疑われるくらいなら、もっとちゃんと打ち明けたかった。 「だから……」  同性の彼と付き合っているって。 「……そっかぁ」  でも、藤崎さんがどんなふうに捉えるのかわからなくて、ずっと躊躇っていた。 「なるほどっ!」  けれど、彼女の声はどこまでも明るく、いつもとなんら変わらない。 「あの、藤崎さん」 「いやぁ、宮野さんっていう人のことを話題に出すようになった頃からすごく、うん……明るくなったから、何か、良い関係というか、変な意味じゃなくて、すごく良い人なんだろうなと。うん」  藤崎さんは噛み締めるように何度か頷いていた。 「そっか。佐伯さんのあの笑顔は伊都君のスーパーヒーロー宮野さんのおかげなのかぁ」 「……うん」 「! ちょ、佐伯さん! 幸せそー!」  彼女は素直に頷いた俺に頬を真っ赤にして、まるで自分が冷やかされているかのように照れていた。  幸せそうなんじゃなくて、幸せなんだ。  伊都がいて、睦月がいて、そして、俺たちのことを話して打ち明けた職場の同僚が笑顔でそのことを受け入れてくれる。 「あ! じゃあ、もしかして!」 「うん……その、チョコをね」  バレンタインのチョコレートを買おうと思ってるんだって、楽しく話せる友人がいる。 「きゃあああ! いいじゃないですか! とっても良いと思います! 買いましょう買いましょう!」  だから、とても幸せなんだ。

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