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2回目のバレンタインSS 4 なんだかとても
少し遅くなってしまった学童のお迎え。車を停めて、小走りで学童教室へと向かった。学童教室だけは外側からも出入りできる入り口がついている。そこから中を覗くと、伊都が友だちとトランプをしていた。同じ教室にいるまだ一年生なんだろう。一年違うだけでずいぶん幼く見える男の子が俺に気がついて、伊都を呼んでくれた。
「おとおおさああああん!」
「……おかえり、伊都」
トランプを抜けて、何か友だちと会話をして、ランドセルを持ってこっちへ駆けて来る。伊都のことを気にしてるんだろうあの髪の長い綺麗な女の子は無言で見送るように、ちらりと伊都を見た。でもすぐに目を逸らして、友だちと一緒に机の視線を向けてしまった。
「? なんか、お父さん、良い匂いがする?」
すごい嗅覚だなぁ。子どもってこういうの敏感に察知できちゃうよね。思わず目を丸くすると、伊都がクンクンと鼻先を近づけてあからさまに匂いのチェックをした。
「チョコレート買ってきたんだ」
「!」
「伊都の分もあるよ」
そう言って、一粒だけ、お店で買ったチョコレートのを口の中に放り込んだ。透明なビニール袋に詰め込まれていたチョコレート。
少し遅くなったお詫びにと思った。いつもは学童のお迎えが六時ちょっと前。でも今日は六時を過ぎてしまっていた。一年生だった頃なら、寂しくて、帰りが遅いことに口をへの字に曲げてしまっていたかもしれない。でも今年はそんなことはほとんどなくなっていた。
「当日まで、内緒ね?」
「! うん!」
口元に指を立てて、内緒のポーズをすると、伊都が悪戯を楽しむように目を輝かせて、大きく元気にうなずいてくれた。
去年は手渡したチョコレート。今年は――家族三人で食べるチョコレート。伊都はそれがとても嬉しかったのか、今日は帰ってきてからずっとはしゃいでた。しかも睦月が早番だったから、見てもらいたがってた側転を何度も練習していた。
「伊都は?」
お風呂から上がって寝室へ行くと、睦月がタブレットで仕事をしているところだった。たぶん、調べ物。レッスンをするために、何か良いコーチングの仕方はないだろうかって、たまに探してることがあるから。
「湯船の中でほぼ寝ちゃってた」
眠いよね。二年生になって一年生の頃より授業数増えたからさ。プラス、筋肉がついてきたんだろう。運動のほうも頑張っていて、一日終わる頃にはもうヘトヘトだ。お風呂でぽかぽかに温まってるうちに、うっつらうっつら居眠りしてることもあるくらい。
「寝ちゃったって。千佳志さんが運んだの?」
「そうだよ」
側転上手になったよね。体操の選手にもなれちゃいそうだと思ったくらい。身体も柔らかいし。すごいなぁ。俺、どう頑張っても、あんなふうに脚と顔くっつけられないよ。
「俺が運んだのに」
「だいじょーぶ! まだ、運べる」
ちょっとガッツポーズをして見せた。
背はぐんと伸びたけれど、体重もここでぐんと増えたんじゃないかな。もうかなり重い。でも、まだまだ、余裕……でもないかな。ちょっとぎりぎりだったけれど、まだどうにかこうにか寝てしまった伊都を運べるよ。
「ストレッチ?」
「んぐ、な、なんで訊くの?」
ストレッチをしているようには見えないんだろう? わかってる。ぐぐぐぐって、身体を前に倒してみたら、髪からぽとりとお湯の雫が落っこちた。でも、足先にどうにかこうにか指先、いや、これは爪の先かな。ちょっと触れるくらいが限界だ。
「む、昔はもう少しいけたんだけど、なぁ」
「……」
「運動不足だよね。あはは。情けない」
運動のできる睦月にしてみたらとてもドンクサいんだろうな。
「いいよ。情けないくらいで」
「えー? やだよ」
「そのくらいでちょうどいいです。千佳志さんは。ホント……」
そこで睦月が話しをやめて、じっとこっちを見つめてた。ただ、見つめられただけなのに、その視線に混じる男に色気に、ドキッとしてしまう。
「千佳志さんは……」
慌てて目を逸らしてしまった。
無言で微笑む君に、どきりとして。だって、その瞳に男の、そういうのを感じてしまうんだ。同じ男なのにね、君の色香に慌ててしまうほど、身体が熱くなる。
「あの、ね……」
「?」
「その、話したんだ……俺たちの、こと」
「……」
君のことをね、最近は、すごく、独り占めしたくなることがある。おかしいでしょう? こんなにずっと一緒にいて、こんなに幸せなのに。もっとって思う時があるんだ。
「話したって、千佳志さん」
優しい声と優しい手にもうずっと包まれてたらさ、足踏みも、躊躇も、もうしたくなくなるよ。君を好きでいることに後ろめたさなんて、微塵も持ちたくない。君がとても大切だって、睦月は俺のって、言いふらしたくなるよ。
「お、お付き合いしてるって」
「……」
「言ったんだ」
君のことを好きだと、伊都以外の人に話したんだよ。家族以外の人に、打ち明けたんだ。
「睦月?」
ベッドの上にいた君に近づくと、黙って、タブレットを置いてくれる。俺が乗ると、マットのスプリングがぎしりと小さく軋んだ音を立てた。
「……すごく嬉しい」
「……睦月」
「なんでかな。たまらなく、嬉しい」
「……」
君のことが大好きだと、ちょっとだけ言いふらしてみたんだ。そしたらね。
「千佳志さん」
ちょこんと、パジャマにしている長袖の裾を引っ張ってみる。
「今日、あ、えっと」
「……」
君を好きだと言いふらしたら、ね? なんだかとても。
「あの」
「髪、濡れてる」
「……うん」
君のところへもっと近づいて、重なるように、君の腰に跨ったら、ベッドがまたぎしりと音を立てた。
「あの、ね、睦月」
「俺、まだシャワー浴びてないですよ?」
「……うん。いいよ。だから、ね?」
はしたない、かな。ふしだら、かな。そう思って躊躇う指先を繋いでくれた。
「あとで、俺が髪、乾かしてあげます」
「……」
「だから、今すぐ、貴方のこと、抱いても」
君のことが大好きなんだと、藤崎さんに話したらね? なんだか、とても、恋しさが募ってしまって。
「いいですか?」
抱いてもらいたくて、身体を洗いながら、ドキドキしてたんだ。
「あっ……ン」
甘い声を自分の口に咥えた服で押さえ込んだ。
「ンっ」
ベッドがぎしりとまた軋んで、そして、奥を抉じ開けられる。
「ン、ふっ……ンく」
あまり音を立てないように、ゆっくりと中を擦られて、身体が震えてしまう。濡れた音を立てて、睦月のペニスに中がちゅうってしゃぶりついて絡みつく。気持ち良くて仕方がないって、教えてる。
「っ、貴方の中、すごい」
「あっ……んんんっ」
膝を割られて、大胆に開かせられた。そして一番奥をズンと深く抉られたら。
「やらしい……」
「ぁ、ん……んんんっ」
「ここ、好き?」
好きって知ってるくせに。攻めるんだ。気持ちイイところをそんなにじっくり攻められたら、おかしくなってしまうのに。
「んふっ……ン」
ほら、甘い声が零れてしまう。
「千佳志さんの、可愛い」
「や、ぁっ」
「これ、ずっと?」
ほら。
「睦月の、せい……」
行儀が悪いよね。脚で愛しい人を引き寄せて抱きつくなんて。
「睦月のせい、だよ」
でも、ほら、ずっと君に甘く愛されて、ずっと蜜が零れて止まらないから、ね? 小学二年生になった伊都を抱っこできるこの腕に、ちっとも力が入らないんだ。
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