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2回目のバレンタインSS 8 穏やかな朝
ピピっていう短い電子音がした。そして、脇に挟んでいた体温計を俺が確認するより早く奪われてしまった。
「三十六度、八分……熱、下がったみたいでよかった」
睦月が、ほぅ、と安堵の溜め息を零した。
「……あの」
「全く、貴方は……」
昨日の騒動がウソみたいに穏やかな朝だった。
俺、あの後、意識をほとんど失うように寝てしまったんだけど、あの運送屋さんはそのまま警察に連行、逮捕、となった。睦月は俺に付き添ってくれて、警察への話も、会社のほうへの連絡も全てしてくれて、そのまま倒れた俺は病院へ。
伊都は、藤崎さんが迎えに行ってくれた。
胸騒ぎがしたと、藤崎さんがまずスイミングスクールのコーチをしていると話で聞いていた睦月のところへ行って、全てを説明してくれた。会社に戻ろうとする藤崎さんを睦月が危ないからと引き止めて、代わりに伊都の迎えをお願いできないだろうかと頼んで。そして睦月がうちの会社へ。藤崎さんは伊都の父である俺の同僚だと身分証明書を提示して、伊都を預かってくれた。
伊都は藤崎さんのところで、イケメンになったねぇなんて、チヤホヤされていたらしく、真っ赤になって照れていたそうだ。
「ごめんなさい……」
俺はインフルでもなんでもなく、ただの風邪。
「一晩寝て、体調良くなってよかった」
笑って、睦月が頬を撫でてくれる。掌じゃなくて、手の外側の少し硬いところで、撫でられて、その骨っぽさにドキッとしてしまう。
「伊都は元気に学校へ行きました。朝食は伊都のリクエストで納豆ご飯に、海苔、それと目玉焼き。あと、ちょっとイヤそうな顔してたけどちゃんと完食したブロッコリー」
あは。ブロッコリー苦手じゃないけれど、好きでもないもんね。睦月がよく食べるから真似して食べるだけで。朝ごはん、ちゃんとしっかり食べたんだ。二人で。
「貴方はただの風邪って説明してあります」
「……ありがと」
「あと昨日の夕食は伊都だけ藤崎さんのところでごちそうになってきました。お風呂は俺と入って、笑って、息止め大会してました。勝ったのは」
勝ったのは、睦月だと思った。でも、勝利したのは伊都だったんだって。ちょっとびっくりすると、睦月が、自分も予想外だったと苦笑い浮かべた。
「伊都のことは安心して」
「……うん」
睦月が、伊都のこと、やっといてくれた。
「……千佳志さん」
襲われかけたなんてウソみたいに穏やかな朝。
「睦月、あのね」
でも、君がいなかったら、存在しない朝だ。
「あの、ごめん」
「……」
「あの人のこと、心配してくれてたのに」
まさかありえないよって笑って済ませてしまった。俺を? ないない、って。
「だから、言ったでしょう?」
また指で、その力強く骨っぽい指で頬を撫でられて、目を閉じる。
「もっと自分のことちゃんとわかってください」
「……」
「すごく、そそるって」
「……」
君の指がとても好きなのを、知ってる? ごつごつしてて硬いけれど、すごく優しい指なんだ。水をあんなにたくさん掻き分けぐんぐん進む強靭な指。
「わから、ないよ」
その指を掴んで、キスをした。頬を撫でてくれた外側じゃなくて、内側の柔らかいところに唇で触れて、ふわりとした指の先のところに歯を、立てた。
「そそる、の?」
「……」
「俺?」
そして、もう一度、指に唇で触れる。
「わからない、から」
そしたら、その指が、開けと、命ずるように、唇を押した。
「睦月が、教えて?」
そそるんです、って、わからないからさ。だから、睦月が教えてよ。俺のどこが、そういう、誘惑できるのか。
「睦月……」
君が、教えて。
「あ、ンっ……は、ぁっ」
睦月の指が好き。あの強靭な指が俺の中を優しく抉じ開けて、柔らかくセックスできる身体に躾けてくれるのが、快感なんだ。
「やぁぁ……ン」
君がくれた穏やかな朝に、君の指が甘い音を立てて、その朝を掻き乱す。
「あっ、ン」
前立腺を指で可愛がられて、四つん這いになっていた俺は、まるで猫みたいに腰を揺らしてしまう。
「それ、気持ち、イ……」
もっとして、ってねだる、いやらしい猫みたいに、お尻を高く掲げて、指がしやすいようにしてしまう。
「あっ……ン、っ」
背中を反らせて、指に中を広げられた快楽に浸った。半裸、というか、下だけ脱いで、上はまだ着たまま、そのパジャマの中にもう片方の手が忍び込んで、睦月よりも柔らかいお腹を撫でて、へそのところを少し引っ掻かれると、指を咥えた孔がきゅんと反応した。そして、へそをくすぐった指はもっと先へ、胸へと辿り着いて、乳首を――。
「あンっ」
摘まれた。
「あ、ン、ぁンっ」
摘んで、引っ掻かれて、指の柔らかいところで押し潰すようにされて、そして、コリコリに硬くなった乳首をまた爪にカリカリって。
「あ、あ、あ……ン」
ダメ、だよ。
「ぁ、指、中するの、気持ちイイ、ぁ、あっ」
中も乳首も、大好きな君の指にすでにたくさん躾されてる。だから、そんなに可愛がられたら、すぐにイってしまうのに。
「ぁっ……ン」
「千佳志さん……」
ベッドが、ぎしりと軋んだ。四つん這いになって喘いでいた俺に覆い被さるように、睦月が動いたからだ。
「もう、わかった? 貴方にどれだけ男を誘惑できる色気があるか」
「……」
朝には似つかわしくない色気。それを出してるのは、君のほうだよ。険しい表情、眉間に寄せた皺、甘く、熱を孕んだ吐息に、物欲しそうに濡れた唇。欲しく、なったのは、俺のほうだよ。
「わか、らない……」
「……」
「だから、教えて?」
君が欲しいって、指を咥えた孔の口で伝えた。きゅんと締め付けて、君の硬くそそり立ったペニスが欲しいって、伝えた。この身体全部で、君のこと気持ち良くできるから、だから早くちょうだいって、誘惑できるよう願いながら、甘い甘い声で、睦月のことを、呼んだ。
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