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2回目のバレンタインSS 10 家族

 風邪で休んだ翌日、会社に行くと、まず上司に呼ばれた。警察沙汰になったから、それなりに構えていたけれど、グリーン運送さんからの謝罪と、それに担当の変更、あの彼は逮捕され、解雇になったこと、などの説明があった。もし、心配なら部署代えを、と提案されたけれど、このまま経理課でお願いしたいと俺のほうから要望を伝えた。  事件の内容は「窃盗」ってことになっていた。 「そっかぁ、でも、よかったです。佐伯さん、元気そうだから」 「元気だよ。ありがとうね。それと、これ」 「? えっ、いいですよ! 私、そんなたいしたことしてないっ」  ジュースの詰め合わせだったら家族で飲めるかなって。 「ううん。すごくありがたかった」  本当に感謝してるし、嬉しかったんだ。だって、すごいタイミングだと思わない? 睦月のことを打ち明けた数日後の事件だった。もしも打ち明けてなかったら、あの現場に藤崎さんがいたのかもしれない。君に何かあったら大変だ。それに藤崎さんが睦月に知らせてくれなかったら、俺は……きっともっとずっと怖い思いをしていただろう。一人で立ち向かって、一人で、熱にふらふらしつつ運転して伊都を迎えに行かないといけなかっただろう。  でも、藤崎さんに話したから。  睦月っていう家族がいることを話したから、俺は一人で立ち向かわなくて良かったし、一人で伊都のことを、家事を、育児をしなくてよかった。  藤崎さんがいたから、伊都は寂しい思いも、心細い気持ちも、悲しいことも、何一つなかったんだ。 「本当にありがとう」 「……」  深く頭を下げた。 「たいしたこと、してないですよ」  してくれた。君のおかげで、本当にたくさん助けられた。 「じゃあ、私も」 「?」 「これ、今日、バレンタインなので。佐伯さんと伊都君と、あと、宮野さん」 「……」 「すみません。娘が、とっても面食いでして」  どうしてもあのイケメンお兄さんに渡したいんだと譲らなかったらしい。俺のことを心配して藤崎さんが向かったスポーツクラブで遭遇したイケメンコーチに娘さんは夢中になってしまったらしい。 「三人で召し上がってください」  そう言って差し出されたチョコレート。その代わりに差し出したジュースの詰め合わせ。それはまるでプレゼント交換みたいで、二人してこっそり笑ってその袋をお互いのデスクの上へと置いた。  チョコレートの甘い香りが部屋に満ちる。少しスパイシーで、濃厚で、ドキドキする感じ。 「んー! うっま!」  伊都がぱくりと食べて、ぎゅっと身体を縮こまらせた。うっま、なんて普段はあんまり使わない伊都の珍しく子どもらしい口調が可愛くて、思わず笑ってしまった。 「美味しい?」 「うんっ!」  チョコレートソースは少しレンジであっためて、それをチョコレートアイスにたっぷり好きなだけかけて。 「んーっ! 睦月も美味しい? ね、お父さん、もっといっぱいかけなよ」  そんなにかけたら、チョコソースがけアイスクリームじゃなくて、チョコソースの中に浮かぶ? 沈む寸前? のアイスになっちゃうよ。少しはしゃいでる伊都に睦月が笑って、柔らかくなったアイスを口に運んだ。 「どう? 美味しい?」 「うん。美味しいです」  今年のバレンタインは男三人で並んで堪能しよう。 「あ、ほら、伊都、口についてる」 「平気! 自分で拭くからっ!」  ごしごしとタオルで口を拭ったそばから、またアイスに夢中でほっぺたにくっつけてしまうところも、まだまだ子どもに思えるけれど。いつか、誰かとバレンタインをふたりっきりで堪能するんだろう。 「お父さんはもらった? チョコレート」 「あー、もらったよ」  同じ経理の女性スタッフから大入り袋片手に配っていた四角いチョコレートを二粒ずつ。 「睦月はぁ?」  あ、そこ、気になる。 「ないよ」  え、そうなの? 「えー? なんで?」 「恋人がいるって、もう前に話してあるから」 「そっか」  伊都は、なるほど、と納得して、またアイスを一口食べて、俺は、少し、胸のところがじんわりと熱くなってた。 「どうかした? 千佳志さん」  うん。どうか、したよ。今、少しね。感動、してたんだよ。  睦月は結婚してない。子どもいない。独身で、カッコよくて若くて、モテてて、水泳がとても上手だ。  もったいない、と、一般的には思われる。  急に子どものいる家族と結婚するなんて、いきなり所帯じみてしまうんなんて、もったいないと、思う人がいる。 「おやすみ、伊都」 「おやすみなさぁい」  伊都が眠そうに大きなあくびをひとつして、自室へと向かった。  俺と睦月は寝室へ。 「チョコレートリキュール、ですっけ?」 「……うん」 「何に合わせるんだろう。牛乳かな」  それは伊都は口にできないから、後で。にしておいた。 「眠い? 千佳志さん」 「ね、睦月」  警察に話すのでも、伊都のことでも、きっと君は色々説明を考えなければいけない。外側から見たら、俺たちの関係は「友人」という名前が妥当だろう。 「ゆっくり、にはなる、けど」 「?」 「その」  でも、俺たちは、家族、だ。 「けっ……」 「……」  この関係の本当の名前を、外側にも伝えられたいと、切に思ったんだ。そしたら、無駄な説明もいらないし。  伊都のご飯を作って、伊都の宿題を見て、伊都と一緒にお風呂で鼻歌をうたう君は、どう見たって、「家族」なんだから。 「結婚……を」 「……」 「したい、です」  手を繋いで、一緒の寝室へ向かうこの関係を、伊都が慕う君のことをちゃんと、外側にも「家族です」って言いたいと、思うんだ。 「ど、どう、ですか?」 「……」 「睦月?」 「はぁ」  口元を押さえて溜め息をついて、その手で引き寄せられた。 「千佳志さん」 「そ、そのほうが、困ること少ないだろ? その警察とかもそうだし、何かあった時にいらない言い訳くっつけなくていい」  何より君にウソをつかせなくてよくなる。 「貴方は、もうっ」 「……睦月」  躊躇っていたのは俺だった。大事にしてくれているからこそ、あとあと、負担になりはしないかと、子持ちならではなありきたりな言い訳を並べて、躊躇していた。失うのがとても、怖いから。 「まだ、早い?」 「そんなわけないでしょ」 「……」 「もう、そのつもりだったんだから」 「……」 「貴方以外なんてこと、これっぽっちも考えてなかったんだから」  でも、きっと、君を失うことはないと思えた。 「あと、ね」 「?」 「一番の理由は、君のこと、とても」  引き寄せてくれた手に手を重ねて、覗き込んだら、しっとりとした色香の漂う瞳があった。 「君のこと、とても大好きだから」  その瞳に吸い込まれるように、唇を重ねると、どこか甘い。 「……ン」 「チョコレートリキュールですっけ?」 「う、ん」 「伊都がしっかり寝てから、にしよう」 「……」 「昨日の今日だけど、でも、貴方のこと抱きたいです」  チョコレートリキュールを味わいながら、したら、蕩けてしまうかもしれない。 「うん。俺も、すごく」  だって、そんな甘いのを舌先で味わいながらのキスは、きっと。 「すごく、睦月に抱かれたいよ」  きっと、このプロポーズのキスと同じくらいに甘いだろうから。

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