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クリスマス編 1 大人の事情
「あっ……」
乳首を甘噛みされて思わず零れた声に睦月が笑った。
んもぉ、って怒った顔をしてみせると、背中を丸めて、「ごめんね」って小さく耳元で艶めいた謝罪をくれる。
「ンっ……っ、ん」
伊都が起きちゃったら大変。
「あっ……ン」
だから、静かに。
「千佳志さん」
「あっ……はぁっ」
静かに、君に抱かれる。
「気持ちイイ? 腰、揺れてる」
奥までゆっくり、君の太いのが抉じ開けて。蕩けた孔が君のことをしゃぶってる。
君が揺れる度、身体を揺らされる度に気持ち良くて、ふわふわしてしまう。足先までゼリー状になった柔らかい快楽の中に浸ってるみたいな感じ。トロトロで、絡みつくような甘いゼリー。
「う、ン……気持ちイイ、よ、あぁぁっ」
ズンと深く力強く、じっくりと最奥を突かれたら、身体が震えた。
「俺も、千佳志さんの中、気持ちイイ」
「ン、あっ……ぁ、も、イっちゃいそう」
きっと睦月も、でしょう? 中でたくさん暴れたそうに大きくなって、熱が増してる。
「千佳志……さん」
「あ、あ、あ、あ」
もうイっちゃう。中が、君のこと。
「千佳志」
「あ、ぁ、っ、っ…………!」
欲しがって、きゅぅぅんと切なげに締め付けた瞬間、中に君の熱がたくさん注がれた。そして、ビュクリとはじけた睦月の熱に悦ぶように、俺も睦月の手の中に白を吐き出して。
「……ぁ、睦月」
大好きな君にキスをした。しがみついて、そっと、気持ち良かったセックスの余韻を舌先でも味わうように唇をしっとりと重ねた。
「千佳志」
君にそう呼ばれるのは、大体二人っきりの時。いつもは「千佳志さん」って呼ぶ君にそんなようにされるのはセックスの時が多いから。
君が俺の中でイク瞬間が多いから。
「ン……ぁ、ん」
「可愛い、甘イキ、止まらないなんて」
千佳志――って呼ばれるだけで、とてもとても気持ちがいいんだ。
「え? 二週間も?」
「……いえ、断ろうと思ってます」
「……でも」
これ、断れないんじゃない? だって。
「断ります!」
だって、これ、もうあと一週間もないよ? 出発まで。これ。
「トライアスロンに皆で参加しよー! 十日間の事前レッスン付き、ランニング、サイクリング、スイミング、それぞれに特化したコーチが同行! 貴方も、この二週間でみっちり肉体改造だっ! ……って、なってるよ?」
「……そんな、全部をしっかり音読しないでいいです」
セックスの後、もう一度シャワーを浴びて、ベッドに戻ってきたら、睦月がスマホを睨みつけながら神妙な顔で溜め息をついていた。
どうしたの? って声をかけたら、見せてくれたんだ。今、俺がめいっぱい気持ちを込めて音読したパンフレットを。
音読はね、強弱をつけて、聞いている人に何をどう伝えるのか、口語の部分、語りの部分での違いを意識するといいらしいよ? 伊都が宿題の音読でね、そう教わったんだって。たまに気分が乗ってる時とかは、舞台俳優になれるんじゃないかっていうくらい、大袈裟なほどに感情を込めて音読してくれる。最初はただの音読。でも国語の授業で色々教わってくるんだろう。見る見るうちに音読が上達していっていたから。
そして、神妙な顔付きでスマホを睨んでいた理由。今、俺が音読したトライアスロンの大会に出場するクラブ会員さんたちの引率をお願いしたいという話。各部門ごとに二人ないしは一人が参加、コーチング、引率。二人なのは大きなアクシンデントに備えて、対応不十分にならないようにっていうことなんだろう。
「二週間、かぁ」
仕事は仕事。だから、うん。頑張ってきて欲しいなぁとも思う。
「大丈夫、断ります」
「え、でも」
「俺じゃなくて、今度大会に出たいっていってる若いコーチもいるんで」
「そうなんだ」
少し、ホッとしてしまった。
そして、ちょっとだけ、行かないで済むのなら嬉しいと思ってしまった俺は、大人としてはダメ、なんだろうなぁ。
「それに、二週間は心配なんです、俺が」
「ぁっ……ン、睦月っ、ダメ、俺、うなじとかも、最近弱い」
前よりも敏感になっちゃったんだ。君に触れられてるからか、首筋にキスをされるだけで甘い疼きを感じてしまうようになった。
「この前のことだってあるし」
「ぁ、睦月っ」
「色気、ハンパないから」
そうしたのは自分なのに、しれっと、君は。
「ほら、そんな顔する色っぽい貴方を二週間も置いてなんて」
「あ、ン……ダメ、指」
君は触れて、弾くんだ。
「指、気持ちイイ」
俺の甘い疼きで膨れた期待を指で突付いて、また簡単に抉じ開けてしまうんだ。
大人としては行って欲しいと思うよ。バリバリの営業マンをしていたこともあるし、年上の一社会人としては、睦月の仕事のキャリアアップにも繋がると思ってる。彼自身のスイミングの経験値としてもとても有効だから。二週間、大手を振って送り出してやりたいと思う。
でも、睦月の恋人、としては――。
「えー? 超いいじゃないですか! 二週間、羽伸ばし放題。ぐーたらし放題」
「いや、さすがにぐーたらは」
「えー? でも、ご飯二人分でいいし、洗濯物減るし、それはそれでいいかなぁって思いません?」
まぁ、たしかにご飯が二人分っていうのは楽、なのかな。洗濯物は畳んだり仕舞ったりが楽チンではあるけれど、でもさ。でも――。
「寂しくない?」
「…………」
ぽろりと零れた本音だった。相手がとても支えになっていた友人の藤崎さんだったから、つい、言っちゃったんだ。
「あっ! ちがっ、えっと、その」
「……やだぁ」
「ち、ちがっ、違うから!」
「めちゃくちゃ可愛いぃ」
「ちょっと! 藤崎さん! そういうのじゃないから」
「今度、睦月さんに遭遇するチャンスがあったら絶対に言おうっと!」
「いいから、ちょっと、本当に!」
慌てて否定をしたけれど、でも、藤崎さんはニヤニヤ顔でこっちを突付くと、お弁当のミートボールをまるで魔女のように意味深に口へと放り込んで、俺はまるでそのミートボールを後生大事にしていた村人のように、藤崎魔女に前言撤回を何度も申し出ていた。
けれど、二週間なんて別に離れ離れでも気にしない?
一緒に住んでるんだから、むしろ大手を振って送り出すのが普通? 寂しいなんて思うのは珍しいこと?
でも、寂しいでしょ?
でもでも、もうずっと伊都と二人暮しだったんだから、寂しくなんてないでしょ?
そうかな。もう一年以上一緒に暮らしてる。睦月がもしも、万が一にも、そのトライアスロンに同行するのだとして、その二週間が終わって帰ってきたら、もう二回目のクリスマスだ。
そう、二回目のクリスマス。
それなのにまだ寂しい?
ちょっと情けないんじゃないか?
恋しい人と一緒にいたいと思うことは、情けなくなんてないでしょう? 全然、普通の――。
「……え? ダメ、だったの?」
「えぇ、断ろうと思ったら、もう一人のコーチ候補が肉離れ起こしちゃって。それで新人の子を代打でって思ったら、若いから一人で引率は任せられないし、若いから何か間違えがあっても困る。そもそも連れて行くのは時期早々だって」
「……」
「でも! 絶対に、絶対に、クリスマスには戻りますから!」
「うん。頑張って」
「絶対にっ」
「仕事、それにスイマーとしてもいい経験になるよ。頑張って」
普通の大人としては、ちゃんと見送って応援しないと、でしょ?
「頑張って。睦月」
しないと、でしょ? だから。
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