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クリスマス編 2 君がいなくて、寂しくて

「おとおおおおおさああああん!」 「んー? なぁに?」 「今日! 午後から雷雨だって!」 「へ? 嘘!」 「ホントだよ! お天気クマ太郎が言ってる」 「うわっ」  しまった。天気予報ちゃんと確認してなかった。やっちゃったよ。伊都のジャンパー洗っちゃった。 「あー、どうしよ、明日」 「俺、平気だよ。全然、寒いの平気」 「でも」 「いっつも学校の中休み、外で遊ぶ時もジャンパー脱いでるもん」  嘘でしょ。だってもう十二月だよ? ジャンパー脱いで外遊びって、長袖Tシャツだけしか上は着てないことになっちゃうじゃん。 「だから、平気―、パーカーでいいよ」  睦月は昨日、うちを出発した。  俺は仕事があったし、伊都は学校があるし、見送ったのは睦月のほうで、見送られたのは俺と伊都。  帰ったら、睦月はもう出発した後だった。 「おとおおおおさあああん! ゴミ今日、燃やせるゴミの日だって」 「あ、うん。それは大丈夫」 「はーい」  昨日はとても久しぶりに二人ご飯だった。厳密に言うと久しぶりではない。先月はちょっと早いけれど事務所の経理、人事部共同での忘年会があって、俺はいなかった晩があったし。睦月も先月は出かけていて、夕食は伊都と俺だけだったこともある。  けれど、夜、寝る時も一人なのは、本当に久しぶりでさ。 「……はぁ」  あまり眠れなかった。  もう伊都は自室で寝ていて、俺は睦月と二人で寝ている。シングルのベッドを二つ、できる限りくっつけて。  彼はアスリートだから、一人でしっかり睡眠をとりたい時だってあるだろうとダブルベッドにはしなかった。  セックスをする時はどちらかのベッドで。眠る時は一緒に寝ることもあれば、それぞれのベッドで寝ることも。けれど、部屋に一人は、なんか。 「おとおおおおさあああん!」  ちょっと寂しかった。 「はいはい! 大丈夫! 部屋に干すから」  天気予報は睦月が教えてくれてた。彼は自転車通勤だったから。俺は車通勤だからさして天気は気にしてなくて、以前、伊都と二人暮しだった頃は、夕立に洗濯物を濡らされてしまったこともあったっけ。  ――今日、雨になるみたいだよ。千佳志さん。 「……」  そして、また君の声を思い出して、ちょっとだけ切なくなる。 「おとおおおおさあああん!」 「は、はい!」 「時間なくなっちゃうよー」 「あ、はいはい!」  けれども俺は大人で、仕事をしてるんだから、そう切なさに浸ってばかりもいられないんだ。 「あああ! 伊都、給食袋忘れてる」 「わ! ホントだ!」  部屋の中を駆け回ると伊都のランドセルがガシャンガシャンと賑やかな音を立てた。洗濯物はあと少しで脱水が終わるから、その間に自分の身支度を整えて。  ――千佳志さん、後ろ、跳ねてる。  伊都は最近早く登校して、友だちと学校のグラウンドでサッカーをしてるから、先に家を出て行く。  ――ほら、伊都、千佳志さんに行ってきますして。俺、玄関先まで見送ってきますね。 「伊都!」 「うーん! わかってるー! 行って来ます!」 「気をつけてって、傘、傘。伊都が言ったんじゃん。今日、雨だって」 「えへへ」  玄関先まででごめんって言って見送って、それからそれから。 「いってっきまぁぁす!」 「いってらっしゃい」  洗濯物を部屋に干し終わったら、あとは。 「……」  なんだか、また溜め息が零れてしまった。  君がいないから、いってきますのキスはなし。そのまま鍵を閉めて、家を出た。 「……寂しく、なっちゃったんですか?」 「!」  藤崎さんがにやりとしてる。  もうそんなんじゃないよって笑って、昨日、少し多く作りすぎた豚肉のしょうが焼きを詰め込んだお弁当を食べ始めた。  出発前日の晩御飯は満場一致で野菜炒め。  伊都も、睦月も満点をくれる献立にした。それはそれはあっという間に売り切れてくれたけれど。昨日のしょうが焼きはちょっと分量がわからなくなっちゃって、多くなってしまった。  ずっと三人分で作るのが当たり前になってたから。  二人分ってどのくらいだったか、もう思い出せない。 「一緒に暮らし始めてどのくらいなんですっけ?」 「もう二年になる、かな」 「そっかぁ……二年」 「うん」  でもさ、その二年よりもずっとずっと長いこと、伊都と二人暮しだったんだよ。もうずっと、これから先もそうだと思ってたんだよ。なのにね。 「不思議だよね」 「? 何が、です?」 「たった二年しかまだ一緒にいないのに」  君がいないとこんなにも違うなんて。 「わかってたけど、さ」 「?」 「たくさん助けてもらってるって感謝してたけれど。なんか、もう」  恋というものの輪郭がはっきりと目に浮かんだ。 「そうだ。ねぇ、藤崎さんとこはクリスマス、まだサンタ信じてる?」 「うちは、もう全然。女子だからですかね。普通にクリスマスプレゼントをねだりますよ、もう、めちゃくちゃ可愛くない!」 「あはは、女の子はしっかりしてるもんね」 「伊都君はどうなんです?」 「信じてるよ~」  そりゃもうしっかり信じてる。 「えぇ、伊都君って何が欲しいんですか? やっぱ、男子だし、ゲーム?」 「んーそれがさ、笑っちゃうんだ」  伊都はあまりゲームとかをしない。アニメはよく見てるかな。やっぱり男の子だからヒーローモノが大好きで。 「うんうん!」 「それが、スライム作り五十色セット」 「…………は?」 「笑っちゃうでしょ? 目を輝かせて何を言うのかと思ったんだ。まさかのだったよ」  藤崎さんもびっくりしていた。なんかもっと大人びてるとか、家族の幸せとかそういうのいいそうなのにって。 「五十色って、すごいよね」  睦月も驚いていた。目を丸くして、そして、彼は。  ――スライム作り、楽しそうだったもんね。  そう笑った。

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