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クリスマス編 3 君がいなくて、切なくて

 睦月から合宿初日にメッセージが届いてた。  ――無事到着しました。こちらは暑いです。今日明日は夜からコーチ陣はミーティングなので、電話できなさそう。そちらはぐんと寒くなるって言ってた。雨、すごいのかな。風邪引かないように気をつけて。  問いかけることはしないメッセージ。俺が返事をしなくてもいいようにって。  実際さ、日々の生活の中には恋に浸る時間なんて本当に数分もなくて。  仕事が終わって伊都をお迎えに。そこからは怒涛のように忙しいから。しかも年末で、経理課は一年で一番忙しいかもしれない。バタバタクルクル。  お迎えに行って帰ってきたら、分刻み、お風呂に料理、食事に片付け、合間に洗濯物、それから学校からの荷物のチェックに、宿題チェック。  きっと向こうも、睦月も忙しいと思う。ミーティングだけじゃなくて「引率」っていう仕事なんだから、夜も忙しいだろう。一人の時間になれるのは大体九時とか十時とか? もっと遅い?  学童のお迎えに行く前、駐車場でスマホをチラリと覗いた。  やっぱり忙しいんだろう。睦月からの連絡はなかった。 「……さむ」  ブルッと震えて、そして、目が覚めた。もう、だらしないな。コタツで寝ちゃってた。  ――寝るならベッドで寝てください。  後で読むからとそのままにしてあった、学校からのお手紙をチェックしている最中だったんだっけ。  スマホには……連絡が来てた。時計を見るともう夜中の一時だ。今、電話はできないし、返信をしても起こしてしまうかもしれない。  メッセージを送るのは朝にしたほうが良さそうだ。  部屋を片付けて、歯磨きをして、そして――。  ――千佳志さん。ほら、ここで寝ちゃったら、貴方のことを襲えない。  ベッドは別々にしてる。俺は右側、睦月は左側。 「……」  けれど、今日はこっちで寝よう。睦月のベッドがいい。 「……」  枕に鼻先を埋めて目を閉じる。 「おやすみなさい」  まるで子どもみたいだけれど、でも、だって寒いんだ。君がいなくて寒いから、小さく身体を丸めた。  この時期はインフルエンザで学級閉鎖が起こりやすいし、本人だってインフルエンザにかからない保証なんてこれっぽっちもない。風邪だっていつ引くかなんてわからない。超絶健康児でインフルもかからず、年一回熱を出すか出さないか程度の伊都だって。 「あれ? 今日、少し人少ない?」  またグンと冷えて空気も乾燥してくるから、インフルエンザに気をつけましょうって、テレビで言ってたっけ。今日はちゃんと見たから天気予報のクマ太郎。 「お子さんの学校が学級閉鎖みたいで。来ちゃいましたよねぇ、この時期」 「あはは、そうだね」 「あぁ、有給もつかなぁ。小学生こそ必要ですよね! 育児看護休暇」 「藤崎さん、それ毎年言ってる気がする」 「だってぇ」 「でもお互いに気をつけないと、だね」  週末まで数日はお迎えが学童ギリギリの七時までになってしまう。毎年恒例なんだけれど。でもお迎えに行くと待っているのは伊都一人ってことが多くて、少し寂しいかなって、思っちゃうんだ。  仕方ないんだけれど。  お迎えが遅いと、それがたったの一時間だとしても疲労度は全然違ってくるんだろう。七時お迎えだとスイミングで体力があるほうの伊都ですらうっつらうっつらしながら歯磨きしていたりするから。 「こういう時、シングルしんど! ってなりません?」 「でも、藤崎さんはもうシングルじゃなくなるでしょ」 「んー、まぁ」  珍しくもじもじとしながら照れていた。春先に結婚式をするらしい。ドレスなんて別にって言っていたけれど、白ドレスと着物、お色直しは一回だけ。招待状を出すからって、この前、その招待状のパンフレットを眺めてた。 「そんなの、佐伯さんもじゃないですか」 「うちは……」  男同士だから、お迎えも、俺が行くし。対外的には。 「……佐伯さん」 「さて、ほら、仕事開始だ」 「あ、はい」  今日から年末の経理大忙しシーズン到来。朝からみっちりやることはあるんだからと、ストレッチを兼ねてグンと天井へ向けて大きく手を伸ばした。 「おとおおおさああああん! 睦月から電話だよー!」 「! は、はい」  キッチンを片付けてる時だった。伊都が気が付いて、スマホを持ってきてくれた。 「も、もしもし」 『こんばんは』  ヤダ。恥ずかしいな。声がひっくり返っちゃった。 『やっと電話できた』 「あ、うん」  声、やたらと弾んじゃってないかな。 「忙しいでしょ?」  ミーティングに、レッスンは夜まで付き合うことだってあるかもしれないし、そもそもバカンスをかねてるんだろうから夜どこかに繰り出すとかもあるかも。 『そうだな。忙しい、かな』  テレビの音に邪魔されないように俺たちの寝室へと移動すると、電話越しの声は普段聞くのよりも低く感じられて、けれど、しっとりと耳に馴染んだ。 『伊都は?』 「いるよ。電話、来てるって教えてくれた。今はテレビ見てる」 『あぁ、いつも見てるアニメ』 「うん、そう」  ヒーローモノなんだけれど、学童に行っている時間帯に放送しているからいつも録画で学校から帰ってきて観ている。 『……今、何してたの?』 「うーん、キッチン綺麗にしてた。睦月は?」  なんだか、くすぐったい。君とはこうして電話で話したことってあまりないから。 『……ご飯食べて、野菜炒めが食べたくなって、お酒は控えてるから、コーヒー飲みながら、うちで飲むのと違う味でちょっと美味くなくて、それから』  なんだか、ドキドキする。 『千佳志に会いたいなぁって』  やだな。電話越しに名前、そう呼ばないでよ。なんだか……切なくなる。 「……うん」 『千佳志さん』 「ん?」 「おとおおおさああああん」 「あ、ごめん、伊都だ」 『そしたら、また』 「え、けどっ」 『眠いでしょう? 年末は貴方の仕事がすごく忙しい時期だから。もう九時半だ』  人をお子様みたいに、って思うけれど、正直眠くて。 『おやすみなさい』 「……うん、おやすみなさい」  そっと電話を切った。そして、ひとつ言い忘れたなぁって。俺もね、そして伊都も、なんだか少しご飯が物足りなかったよ。伊都も、ちょっとだけ変な顔をしていた。俺も心なしか、ご飯が美味しくないと思ったって、それと、コーヒーはなんだか少し苦く感じたって、言い忘れてしまった。 「え……たった今だったよね? 伊都が呼んだの?」  どんな寝つきの良さなんだ。部屋に戻ると、伊都がリビングでもうすっかり見終わってしまったテレビの前で眠っていた。  抱っこをして部屋に連れて行ったけれど、かなり重くて、睦月って力持ちだなぁって、少しまた切なさが増した。

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