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クリスマス編 6 メリークリスマス
――お父さんはクリスマスプレゼント何をお願いしたの?
目を覚ますと愛しい人がいた。宮野睦月、という男性だ。
「……」
そっと、起こさないように手を伸ばして、その唇に触れるほど近くまで、手を。
ねぇ、伊都、俺もね、今年はサンタさんに一つひっそりとお願いをしたんだ。小さな声だったから、サンタさんには聞こえなかったかもしれない。けれど、それでもいいんだ。俺には、そのお願いが叶う叶わないよりも、そう願える今が幸せだから。
麻美を失って、一人で伊都を育てることにした。引っ越して、親のいる地元に戻ることはしなかった。一人じゃ大変だと心から手を伸ばしてくれた家族に、俺は頑なに首を横に振り続けた。
どこかで、そうしたかったんだ。罰として、自分が大変そうな道を選んでた。
あの日、麻美の手を掴めなかった自分への罰として、そうしたかったんだ。
けれど、今は、今はね。
サンタさんにお願いをした。
彼とずっと、ずっと……。
「おはよ。千佳志さん」
「……おはよう。睦月」
ずっと。
「今日はイブ、ですね」
「うん。伊都のプレゼント、まだバレてない?」
「うん。大丈夫。週末、ショッピングモールに出かけたんだけど、例のやつ売っててね、慌てて回れ右させた」
「あ、近くの? モール?」
「そう、そこ」
君が笑って、そこで買ったからなぁって呟いた。朝日が照らす君の笑った顔が眩しくて目を細めると、君の力強く骨っぽい指が頬を撫でてくれる。
たまらないほど恋しさが込み上げてくる。だから、ずっと。
「ねぇ、千佳志さん」
「?」
「もっと俺に手伝わせてください」
「……」
ずっと、この人と一緒に。
「貴方が病気をした時、怪我をした時、貴方を手伝いたい。家族だから」
ずっと、一緒にいたい、とサンタさんに、とてもとっても小さな声でお願いをした。
「たとえば、今年末で忙しいでしょ? お迎えを延長七時にしなくても、俺がいける。家族として。保護者会でもなんでも。伊都が風邪で学校から呼び出された時、病院に連れて行く時、貴方の代わりができるようになりたい」
「……」
「貴方が怪我をした時、家族だからと、医師の説明を聞ける立場になりたい」
彼と、共に。
「ほら、有給ギリギリだって言ってたでしょ? それだって助けられるかもしれないし。俺はなんでも喜んでやります。だからもっと教えて欲しいんです。伊都をお迎えに行く時のこととか。、俺はっ、……千佳志、さん?」
「っ」
「千佳志さん、その」
睦月と共にいられる未来をくださいと。
「わ、わかってる? ねぇ、睦月、俺、子どもがいて」
「はい」
「男で」
「はいはい」
「それで年上で」
「はーい」
もう何度も何度もたしかめてきた。もう何度も、それはたしかめて、二人の答えは見つけてあった。
「そしたら、もう、本当になっちゃうよ? いいの? 睦月は」
今度はその二人で辿り着いた一つの形を外へも向けて見せようと話していたけれど、それは少し怖いことでもあって。睦月はいきなり父親をやらないといけないだけじゃない。好奇の目に……。
「愛してます」
「……」
真っ直ぐ、強く。好奇の視線にも何にも負けないほど真っ直ぐ強く。
「佐伯千佳志のことを、愛してます」
「っ」
小さな、小さな声だったんだ。一人で育てると決めていたはずなのに、一人で寝るのは寂しくてたまらなくなるほど君に恋をした俺の、小さな、願い。けれど、もしも叶ったのならどんなにいいだろうと、思った願い。
「っ」
クリスマスは伊都を笑顔にできる日、だった。
「どんな振り幅なんですか。貴方は。昨日はあんなに妖艶だったのに、今日はこんなに可愛くて」
抱き締められて、また喉奥から込み上げてくる。
「そんなことっ」
「クラクラする」
「っ、ン」
泣いてる俺を君がきつく抱き締めて、息もできないほどのキスをくれるから、こっちこそクラクラするよ。
「ン…………お、れも」
「?」
泣きながらじゃ、声がひっくり返りそうだ。
「俺も、愛してます。宮野、睦月の、ことを、愛してます」
ほら、ひっくり返った。もう、カッコ悪い。
「ホント、クラクラします」
「っ」
そう言って君が笑ってまた抱き締めた。目尻の何かが光ったように見えたのは、涙かもしれないし、君があまりに勢いをつけて抱きつくから、その拍子に埃が朝日に照らされてそう見えたのかもしれない。けれど、とても幸せで、とても愛しくて。
「それじゃあ、行ってきます」
「お父さんいってらっしゃーい」
いいなぁ。伊都は今日学童お休みだなんて。憧れの睦月の横を陣取って、あれこれとまたヒーローになるには何をするべきかって、かまってもらうんだもの。
「いってらっしゃい、千佳志さん」
昨日の今日で、睦月はお休み。最初、クリスマスでもスポーティーに身体を動かそうっていうのを疎ましくも思ったけれど、今となっては、その後、二日間の特別休暇がとても素敵だからあのトライアスロン企画様様だ。
「あ、千佳志さん」
「?」
「……いってらっしゃい」
引き止められて、引き寄せられて、よろけた俺の頬に甘いキスがひとつ。
「おお!」
飛び上がって、頬を真っ赤にした俺に、君は優しく微笑んで大きな手を振ってくれる。気をつけて、帰ってきたらクリスマスパーティーだって。
サンタさんがくれるその翌日のプレゼントにワクワクしながら、夜を過ごすんだ。
「い、いってきます」
頬があっつくて、外に飛び出すと。
「わぁ……」
雪が降っていた。
今日は朝のんびりな二人につられて、少しのんびりしたせいで、見ていないんだ。お天気予報、クマ太郎がなんていっていたのかわからないけれど。
「すごい……」
真っ白な牡丹雪がふわり、ひらり、ふわり、ひらり、舞っていた。
「……」
それはまるで天国から降り注ぐライスシャワーみたいにとても綺麗だった。
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