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家族について編 1 おかえり、ただいま
「佐伯さんって、資料とかまとめるのめっちゃ早いですよねぇ」
「え? そう?」
「やっぱ営業さんだったからかなぁ」
昼休憩、お弁当のサンドイッチを食べつつ頬杖をつきながら藤崎さんが、俺の作った資料を眺めてた。
「どうだろうね……」
営業を退いた頃は仕事、バリバリこなしてたっけ。だから、デスクワークに費やす時間はできるだけ短くしたくて、こういう資料とか作るのもよく頑張ってた。
だから、最初こっちの経理に異動してすぐは単調なこの仕事に少しだけ退屈したっけ。つまらなくてさ。でも、今は――。
「あ、そうだ、藤崎さん、さっき一社売上のまとめを早めに回して欲しいって」
「げっ! マジですか!」
「俺、手伝おうか?」
「! うわぁん! ありがとうございます! あとで豆乳コーヒー一つ差し上げます」
「え? なんで、豆乳?」
そういえば、最近、ダイエットしつつ甘いものを食べたい時にはって、藤崎さんが色々な味の豆乳ドリンク持って来てたっけ。ハマってるらしい。
「美味しいんですよー」
「普通のコーヒーのほうが」
「いえいえ! それがですね! イソフラボンが!」
「佐伯君」
俺たちの会話に割り込んできたのは経理課長だった。手招いて、昼休憩中に悪いんだけれどって。
「え? 僕が、ですか?」
「えぇ、来月のボーナスの査定業務に携わって欲しいの」
「あ、あのっ、でも」
その仕事は従業員全員の能力給を把握できてしまう仕事で、課長が重役と内密に進める仕事じゃ。
「そのうち、経理課長になった時に困らないよう色々教えておきたいと思って」
「……えっ!」
びっくりして、思わず声を上げてしまった。
「あ、あの、でも、俺、僕には子どもがいて……」
そう仕事に専念できる生活環境じゃない。まだ小さい伊都がいて、急遽休まないといけないことだって、学校の行事参加とかで、仕事がままならないことだってあるかもしれない。
「わかっています」
あの水難事故の後、男手ひとつで伊都を育てないといけなくなって、営業職を続けることは到底できないとなった時、経理課に俺を呼んでくれたのはこの課長だった。普段は厳しい表情をしていて、女性だけれど、他にもの女子社員とは少し距離があるようなところのある人。でも、残業はほとんどないし、家庭のある女性が多い事務職だから、続けていけると思うと。そして何より子育てのサポートをし合える環境だからと。俺をここに呼んでくれた。
「でも、佐伯君は仕事も丁寧でしっかりこなしてるし、ミスも少ない。とても優秀な人材だと思うの」
「……」
「今すぐってわけじゃないわ。ゆっくり進めていきますから」
俺が、課長……だなんて。
「どうかしら。佐伯君」
びっくりして、声が出なかった。
出世とかそういうのあまり考えたことがなかった。経理に異動になったのだって、営業みたいに仕事をこなしていけないからだったし。残業もできないし、家族優先になるから、どうしたって他に迷惑がかかる。だから、出世を見据えた仕事はもうできないなぁって。
「ふぅ……疲れた」
それでも俺はとても満足していたんだ。伊都がいて、睦月がいて、ゆっくりとした時間をさ、過ごすのはとても満たされていた。
「……優秀って言われちゃった……」
ちょっと、ううん、すごく嬉しかった。そう言ってもらえたことが。嬉しすぎて、午後めちゃくちゃ張り切ってしまった。藤崎さんにどうしたのって、なんか急に張り切ってるって言われちゃうくらいには。
うん。
すごく嬉しかったんだ。
「あ、豆乳コーヒー、けっこう美味しい」
だから、午後、すごい高速で頭の中フル稼働しすぎちゃってさ。もうヘトヘト。疲れた時は甘いものが一番、でしょ? だから、つい帰り道、お昼に藤崎さんに教わった豆乳コーヒーを飲んでみたんだ。
甘くて、でもちょっと独特な風味がある。
「……ふぅ」
すごいヘトヘトなのに。
すごい、なんかニコニコしてしまう。
「おとおおおおさあああああん!」
背後からあの声がした。元気な元気な伊都の声。
「おーい!」
振り返ると伊都が睦月と歩いていた。
伊都が小さなビニール袋を持った手をブンブン振って、その少し後ろを朗らかに笑いながら睦月が歩いてる。二人ともビーチサンダルで、のんびりと。
今日は、睦月が早番で伊都を迎えに行ってくれていたんだ。
学童には睦月のことを家族同然の人だと説明してある。先生は朗らかに微笑んで頷いてくれた。承知しましたって。
「おかえりーお父さん!」
二人して、家着でちょっと買い物でもしてたの? とてもハンサムな睦月には少し不似合いなエコバックからネギが顔を出していた。そっか。長ネギなかったかも。そして、伊都の手にある小さなビニール袋。
「見てみて、これ、売ってたんだ!」
「へぇ」
「これで全部揃ったー!」
最近、伊都が嵌っている簡単に作れるプラモデル。動物をモチーフにしたカッコイイロボットなんだって教えてくれた。おもちゃの箱には小さなガムが一粒入っていて、スーパーのお菓子売り場にある。そのプラモデルをコンプリートしたくて、でも、一つだけ見つからないんだって言ってたっけ。
「おかえりなさい。千佳志さん」
「ただいま、睦月」
睦月に買ってもらったの?
伊都は嬉しそうに念願のそれが入ったビニールを手に踊るように駆け出した。
家族で歩く帰り道は二人の穏やかなビーチサンダルの音がして、なんだかくすぐったくて、嬉しくて、楽しくて、自然と笑い顔になっていた。
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