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家族になる日 編 2 チャーハンって昼ごはんって感じしません?
来週末、だって。引っ越しするの。
「伊ー都っ! テレビに集中しすぎないっ」
「は、はい」
着替え途中のまま、テレビに視線を向け、フリーズしてる。春だからって、そんなお腹丸出しにしてたら冷えてしまう。そして、声をかけられて、大慌てで止めていた手を動かし始めた。
「今日はお父さん、残業になっちゃうからお迎えギリギリだよ」
「はーい」
月末はどうしても忙しくなってしまうから残業になる日が出てきてしまう。ママ業をしているスタッフがほとんどだから、営業にいた頃のような何時間もの残業ではなく、一時間程度だけれど。それでも、そのあとの家事には多大な影響を及ぼすんだ。普段から忙しくしているのに、それをする時間が一時間も削れられてしまうわけだから。
「じゃあ、僕、宿題の時間にお隣の子と交換こして丸付けしとくー」
「ありがと。すっごい助かる」
お礼を言うと、伊都はにっこりと笑って、靴下を履き終えた。これで着替えは完了。あとは熱を測って、それで、あ、そうだ、ゴミの日だった。それと今日の夕飯はオムライスにしようと思ってたからご飯を多めにセットして。それで、それで――。
帰ってきてから少しでも家事の負担が減るように、あとほんの少し、今日の占いが終わってしまうまで時間がほんの少しあるからと慌ただしくしていた。朝の出勤時間はちょうど、今テレビに映っている占いが終わるのと同時なんだ。
「あ、やった! 僕、五位。お父さんは七位だって」
七位か、なんともまた微妙な。
「睦月は一位だー。すごーい。今日も睦月来る?」
「来るよ。早番って言ってたから、あ……」
冷蔵庫を開けて気がついた。
ケチャップ、ないじゃんって。
困ったな。もうご飯セットしちゃったし。具材とかも用意してたし。オムライスにしたかったけど……仕方ない。
「あ、お父さん、占い終わったよー。行く時間」
「うん。そうだね」
オムライス食べたかったけど、今夜はチャーハン、かな。
「あ、伊都、今日の晩御飯、チャーハンね」
「えー……いいけど。オムライスは?」
「だってケチャップないんだから仕方ない」
「……ぶぅ」
「ほら、行くよ。睦月を待たせちゃう」
「はーい」
わかる。わかるよ。親子だからかな、気持ちがすごくわかるんだ。チャーハンって昼ご飯なんだよ。チャーハンは。けれどそこにひと手間加えてケチャップ味にして、さらに卵を乗せると、夜ご飯でもOKって気がする。なんだろう。けれど、うん、わかるんだ。
わかるんだけど、仕方がない。今日の占い、五位と七位っていう微妙な親子なんだから。
なんて、昼ご飯と晩ご飯の境界線を考えながらゴミを置いてくると、道の端に自転車に跨った睦月と伊都が楽しそうに話をしていた。
「あ、おとおおおおおさあああああん!」
大きな大きな声で俺に手を振ると、まるでランドセルも俺を呼ぶようにガシャンガシャンと騒がしく伊都の背中で音を鳴らしていた。
「あ、わかります! 買い忘れ! あれって、なんなんでしょうねぇ。私なんて、この前、お醤油買いに行って、お味噌買って帰ってきたことあります! あの時の絶望感ったらなかったですよ。お醤油ですよ? お醤油!」
「あ、それは、ちょっと残念だね」
「でしょでしょ? んもー! マジかー! ってなりますよね!」
「うん」
それはなるよ。だってお醤油だもの。ケチャップよりもそのガックリ度は相当なものだ。ケチャップなしでもとりあえずやってはいけるけれど、ほら、例えば朝ご飯のポテトにつけるのがなくなったとか、そのくらい。けれど、お醤油がないと料理なんてしにくくて仕方がない。
「買いに行く時間なんてないし」
「だよね」
「コンビニだと高いし」
「うんうん」
そうなんだ。平日にはそんな買い物してる暇なんてほとんどないし、その体力気力が残ってないっていうかさ。しかも今日は残業だから。余計に買い物をしている時間がない。だから買い忘れは少しがっかりしてしまうんだ。でも、もしも、その買い忘れを、買い物を、頼む……。
「忙しいですよねぇ」
「あ、ぅ、うん。まぁね。でもケチャップだから」
頼むのは少し図々しい気がした。そして、ふと、今思いかけたことを急いで掻き消した。
「よかったです! お味噌でもお醤油でもなくて! ちなみに、お醤油忘れた時は割高お醤油買いました!」
藤崎さんはその時の悔しさを表情にぎゅうぎゅうに詰め込んで、口元にぎゅっと力を入れて、割高醤油め、と少し怒っていた。
「まる付けしたよー」
「うん。お疲れ様」
学童に迎えに行くと、もう伊都ともう一人、女の子がいるだけになっていた。残業があると学童が預かってくれるギリギリになってしまう。
「それでね、先生が大縄跳びの時にね」
「うん」
車に乗って数分。マンションの駐車場に車を止めて。
「あ! 睦月が来てる」
合鍵は渡してるから。早番だった睦月がすでにうちに来ているようだった。部屋に灯が灯っているのがわかる。廊下側、キッチンになっている。そこがぽわりと明るくなっていた。伊都はその様子を見て、わーいって喜びながらランドセルを楽器みたいにまた鳴らしながら階段を登っていく。
「ただーいまー」
うちに帰り着くと。
「ただいま……」
「おかえりなさい。今日、オムライスですよね」
「ぁ……うん」
「勝手に作っちゃいました。伊都が今夜のオムライスがチャーハンに変更になっちゃったんだって、残念がってたから」
睦月がいて、チキンライスを作っていてくれた。
「オムライスで大丈夫でした?」
「あ、うん、けど」
「ケチャップなかったの知ってたから買ってきました」
そう言って君が笑ってくれる。
「やったー! やったー! オムライスっ」
伊都が嬉しそうで、俺も嬉しくて、美味しそうなチキンライスの香りに、今日の占い、五位と七位だったはずなのに、睦月と同じ一位にまで駆け上ってしまった。
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