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家族になる日 編 8 誓い
笑ってたっけ。
彼女は朝、起きると、寝顔を見られていたことに恥ずかしそうに笑って、俺の名前を呼んで、ずっと一緒にいようねと言った。
俺は心から思ったんだ。君という家族を守ろうと、なんだろうな、朝の日差しに、君の寝癖に、君の、目を覚ました時の優しい眼差しに、そう誓ったんだ。
そう、誓った。
「……おはようございます」
「……」
目を覚ますと睦月が隣にいた。
俺を見つめて、微笑みながら、そっと手を伸ばして。
「……千佳志さん」
涙を拭ってくれた。
あぁ、そうか。本当に泣いてたんだ。視界がぼやけて見えるのは寝ぼけてるのではなく本当に涙で滲んでしまっていたからなのか。
起きると、微笑んで、俺の名前を呼んで、そして。
「ずっと一緒にいます」
「……」
「俺のことを家族にしてくれてありがとう」
「……」
心から、誓った。今度こそは――。
「今日の夕飯、何にしようか? 伊都、何がいい?」
「野菜い、」
「野菜炒め以外ね」
「えっ!」
いやいや、そんなびっくりした顔しなくても。昨日のそのリクエストにはお答えして野菜炒めにしたでしょう、と言うと、途端に難しい顔をしながら、スーパーマーケットに並ぶ野菜と睨めっこを始めた。
「睦月は? 何か食べたい」
「俺は、やさ」
「野菜炒め以外だってば」
だからね、それは昨日作ったでしょ?
二人に訊いてもちっとも参考にならないよって呟いたら笑ってる。
「じゃあ、僕、手巻き寿司がいい!」
「今日?」
「うん! だって昨日は丸一日じゃなかった! 睦月がうちにいるの! 今日からは丸一日ずっとうちにいるでしょ! だから今日手巻き寿司」
納得いくような、納得いかないような……でも手巻き寿司でかまわないような。
「じゃあ、そうしようか」
「わーい、やったー!」
あまり二人の時はしなかったんだ。誕生日にはするけれど、でも、二人だけだからそう盛り上がらなくて、姉ちゃんたちがうちに遊びに来てくれた時とか、俺の実家に行った時の方がやっぱり楽しいから。
「俺、何年ぶりだろう。手巻き寿司なんて」
「そうなの?」
「だって、一人暮らしじゃしないでしょ?」
心なしか陸月もはしゃいでるように見えた。それが可愛くて、笑いながら、鮮魚コーナーへ急ぐ伊都の後ろを歩いていた。
「これから」
スーパーマーケットの店内には本日のおすすめ品の紹介がアナウンスされ、日曜らしい賑わいを見せている。その中、睦月の声は少し低く、そして落ち着いていて、この賑やかな店内でぽつりと呟いても一際よく響いている。
「色々あると思います」
睦月?
「男同士だから」
「……」
「周囲はそう簡単には受け入れてくれないかもしれない」
わざとドライブがてらだと理由をつけて、少し離れたスーパーマーケットに来たんだ。三人で揃いのマグカップとか買いたかったし。それなら大きな商業施設に行こうと俺が言った。そしたら、その中にあるスーパーマーケットで夕飯の買い物もできるからと。
ここなら伊都の同級生にも、その同級生のママさんにも会わないだろうから、と。
「伊都もいつか俺と貴方のことに悩むこともあるかもしれない。伊都はそう思わなくても、周りが俺たちのことで伊都に何か言うかもしれない。トラブルも……ないとは言い切れない」
「……」
「俺と貴方はその覚悟を持っているけれど、伊都はそうじゃないと貴方は悩むかもしれない」
思っていた。俺は覚悟をしている。そうじゃなくちゃ君と一緒に暮らそうとは言えない。独身だった君を、同性愛者ではなかった君を家族に迎える覚悟と、そのことに伊都を巻き込んでしまうかもしれない覚悟を。
それを君もしていてくれたことが嬉しかった。
「悩むなら、一緒に悩みましょう」
「……」
「家族だから」
「……」
「それで、家族だから、貴方のことは俺が守ります」
誓ったんだ。あの日も彼女にそう誓った。けれど俺は守れなくて。誓ったのに。
「なので。俺のことは貴方が守ってください」
「……」
「伊都のことは2人で一緒に守りましょう」
「……」
「これから先、俺が伊都の学校のことで表立って守ってあげられることはできないかもしれない。でも、絶対に後ろに俺がいます。遠くじゃなくて、すぐ後ろに。何かあればすぐに貴方の代わりに手を伸ばせる。何かあったらすぐに貴方と伊都を抱きしめられる、そのくらいすぐ後ろにいますから」
今朝も誓った。
「もちろん少しでもよろけたら、ちゃんと支えますよ」
「……」
「だから安心して、伊都のために、戦ってください。すぐそばにいます」
「……うん」
きっと、あるだろう。伊都は彼女に似て強いから、きっといつか俺と睦月のことを理解してくれない人に嫌なことをされるだろう。けれど、その時は必ず守るよ。
今度こそは、じゃない。
今度からは、だ。
「うん。宜しくお願いします」
今度からは家族で守って支え合おう。
麻美、君のことを守れなかった。
ごめんね。
でも、守るよ。家族を。ねぇ、すごいだろう? 君が残してくれた宝物はこんなにかっこいい少年になったんだ。真っ直ぐであるための強さを持った少年に。少し、強すぎてやれやれって思うこともあるけれど。
電話をもらった時は心臓が止まるかと思った。
学校からの電話。
伊都が転倒して頭を打ったので病院に行くのでと学校から連絡をもらって、その電話を切ってしばらくしてから玲緒君も連絡をよこしてくれた。
最初に思ったのは、「あぁ、ついに」だった。
次に思ったのは。
「ねぇ、お父さん、もしもさ、俺が相手の名前言ってたらどうしてた?」
「えー? そりゃ、説明するさ」
家族のこと、息子には関係のない親のこと。差別をするのであればどうぞ親だけにしてください。息子は息子です。そう伝えようと思った。
「殴り込みに?」
「それはちょっと物騒だけど、まぁ、大乱闘に備えて準備運動とか、したりしてね」
「えー?」
本当だよ。本当に、そこは戦う気でいたんだ。何かやましいことをしたのだろうかと、問いただすくらいの気持ちではいたんだよ。
「運動苦手そうに見えて、案外、跳ぶ跳ねるは得意だよ? 泳ぐのだって大昔は上手だったし。伊都の運動神経は俺譲りだから」
「そうなの?」
怖くはないよ。だって、俺と伊都には睦月がいるから。
「親子ですから」
「親子だもんね」
「何、笑ってんの、伊都、あのね、笑ってる場合じゃないんだよ? こんなたんこぶこしらえて」
麻美が残してくれたものを俺は睦月と守っていく。
「うん、ごめん。なんでもない。なんでもないよ」
いつか、伊都が誰かを守れる青年になるまで、睦月と二人でちゃんと守っていくから、君は安心して。
「それにしてもたんこぶすごいね」
「や、全然触れない」
「すごいよ……本当に」
「ちょ、お父さん! 触らないでよ」
「いやいや」
「ちょっと、お父さんってば!」
大丈夫だよ。
一人じゃないんだ。
そうだな、あと数分もしたらもう一人の家族が血相を変えてここに飛び込んできて、俺と伊都を守ってくれるから。
君は安心して伊都を、俺たちを見守っていて。
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