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二人で留守番編 1 小さなリュック
いつでもそばにいてあげられるとは限らない。
「おとおおおおおおさああん!」
「……うん」
伊都。
君が振り返った時。
「すごいよ! お父さん!」
何かを見つけた時。
「……うん」
いつでも傍で返事をしてあげられるわけじゃないんだよ。
君は当たり前のように、そこに俺がいると思って振り返るけれど。一人で大丈夫? たった一人で君は寂しくならないだろうか。不安で仕方なくなってしまうんじゃないだろうか。悲しい気持ちになってしまうんじゃないだろうか。
心配で、心配でたまらないんだ。
「すごいたくさんある」
「……うん」
「ねぇ、お父さんはどれがいいと思う?」
「……うん」
「一人で全部持てないといけないし」
「っ……うん」
持てるかな。
重くないかな。
辛くないかな。
途中で歩けなくなってしまわないかな。
「お父さん?」
「っ……っ」
大丈夫かな。小学五年生の。
「どうしたの?」
移動教室。
「お父さんってば」
お弁当を持って行くんだよ?
水筒もだよ?
シートも入れて、カッパって言わないか、レインコートも入れて、しおりも。
それから酔い止めも一応。伊都は車に酔わないけど、でも、わからないから。環境の変化で体調は変わりやすくなるものだから。それからエチケット袋にゴミ袋。上着に。靴下の替えは? 緊急事態に備えて。もしかしたら、前日に雨が降って、道がぬかるんでいて靴が濡れてしまうかもしれない。獣道には何があるのかわからないから、どんな毒虫がいるかもわからないから。もしかしたら蚊だって、すごい大きかったり、とんでもない毒を持った蚊がいるかもしれないし。そしたら靴下二枚履いて。あ、二枚履くとなると靴小さいかな。でも、移動教室に新品で履き慣れない靴を履いて行って、靴擦れになってしまうかもしれない。痛い思いしながらの登山なんてことになったら。
「お父さん?」
「……」
ついて行ってはあげられないから。
「やっぱりこのリュックでもいいよ? 山登り、このリュック気に入ってるし」
伊都はその場でぴょんぴょん跳ねて、リュックもそれに合わせて、一緒にぴょんぴょん跳ねた。
それを買った時はリュックの方が伊都の背中よりも大きかったのに、もう随分と小さくなってきた
「そうはいかないでしょ。持ち物入れたらぎゅうぎゅうできっと使いにくいから。ひとりでしないとなんだから。お父さんそばにいてあげられないんだからね」
「大丈夫だよ」
「疲れてても助けてあげられないんだよ?」
「うん。けど俺、体力あるよ?マラソン大会三位だったもん」
うん。それはすごかった。足速いのはどっちに似たんだろうね。俺も麻美もそんなに足速くないと思うんだけど。
「マラソン大会はマラソン大会。全然違うんだから」
「でも、大丈夫だよ」
「夜寒いかもしれないし」
「風邪ひかないから大丈夫」
「お布団かけ直して上げられないよ?」
「へーき!」
「伊都。それはもう小さいから」
「けど、いーよ。もしも入らなかったら睦月に貸してもらう」
「伊都、おいで」
その声に伊都も今度は俺も、ぴょんと小さく跳ねながら振り返った。
手招きしているのは、睦月。
その睦月に嬉しそうに伊都が駆け寄っていった。
「リュックは俺も使うし、あれは容量ありすぎる。あっちに登山用のがあるから見てみな」
「はーい」
睦月が指さす方へ視線を向けると、伊都はマラソン大会三位の実力を発揮して、走ってはいけないと分かっている店内を、一生懸命の早足で突き進んでいく。
「登山用のなら軽いし丈夫だからちょうどいいと思う」
なるほど登山用のリュックか。そっか。
「確かに今のじゃ小さいから」
「うん」
学校で来月一泊二日で泊まりの行事が行われる。事前に説明会が行われて、行き先は近くの民宿らしいのだけれど、山登りもして、ピクニックもして。水筒だって敷物だって。そんなたくさんを詰めることも出来るだろうけれど、小さなリュックじゃ使い勝手が悪いからと、睦月と三人で買いに来ていた。リュックなんて一言で言っても多種多様なわけで。どれにしたらいいのか見れば見るほどわからなくなってくる。
荷物が全部入るもの。
取り出しやすくて、しおりなんてサッと出せそうなポケットがたくさんのもの。
「大丈夫だと思うけどな」
「え?」
「千佳志、心配性」
「! 過保護、かな」
「いや」
睦月は穏やかに口元に笑みを浮かべながら、俺を見つめて。その時だった。
「おとおおおおおさああああん」
「!」
「いいのあったよー! 睦月いいいいいいい!」
「ちょ、伊都! お店だから静かに」
「シー」って指でして見せながら早歩きで、こちらへと手招きしてる伊都のもとへと駆け寄った。
伊都はきっとたくさんのかっこいいリュックにちょっと興奮してしまったんだろう。思わず大きな声を出してしまったことに慌てて、その口を両手でパッと塞いでる。
「さっきの」
「?」
「過保護で心配性な千佳志が可愛いなぁって思っただけだよ」
「!」
可愛いいわけ、ない、のに。睦月と出会ってもう五年も経つ。あの頃よりもずっと、可愛さなんて激減してるに決まってる。
「? お父さん? 顔真っ赤だよ?」
「! そ、そんなこと、ないよっ」
けれど、睦月に可愛いと言われて、見ないでもわかる、顔真っ赤なんだって。そのくらい熱くてたまらなかった。
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