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二人で留守番編 2 ママトーク
「ええぇ! リュックでそのお値段!」
藤崎さんが本当に目をまん丸にして驚いてくれた。そう、リュックでそのお値段で、ちょっと……でも、まぁ……うん、まぁ……まぁね。来年も使うしね。うん。
「大変だぁ。よかった。うちの学校、そのイベントなくて」
「でも、来年はあるでしょ?」
「あ……」
藤崎さんとは変わらずママ友トークをさせてもらってる。小さな会社で、そう毎年新卒の子が入ってくるわけでもないから、本当に変わることなく、な感じ。
「五年生でもあるんですね」
「うん。ミニ移動教室って感じかな。それでちゃんと行動できるかどうかで、来年の六年生での日程とかプランを考えるんだと思う」
「へぇ。そっかぁ」
今回は一泊二日。来年の六年生では二泊三日。
「だからちょっと高いけど、来年も使えるし。しっかりしたのを買ったほうがいいかなって」
「なるほど」
「それに伊都、すごく嬉しそうで」
もう帰りの車の中でずっとニコニコだった。
登山用のリュックも色々あったんだ、軽くて丈夫で。まさに登山って感じの。実際山登りするから、それがいいかと思ったんだけど。
――これがいい!
伊都が目を輝かせながら選んだのは、睦月が使ってるようなバックパックだった。タブレットを持ち歩くこともあるから。クッション材が背中のほうに入っていて、ある程度の衝撃に対しても、そこにタブレットなりノートパソコンを入れていれば大丈夫、みたいな。
全く同じのじゃないけれど、睦月のと似たようなので、伊都のは黒のビニール素材に鮮やかな青色のスティッチが入ってる。
――ここに水筒入るし。あ、ここに、ティッシュとか入る!
とにかくポケットがたくさんあることが嬉しいようで、ポケットを見つける度にここにはあれを入れよう、なんて新品リュックを抱えながら独り言を呟いていた。
本当に嬉しそうで、あんなに今使ってるので大丈夫なんて言ってたのに、ここにはとっても重要なしおりを入れよう!って目をキラキラさせていた。
帰りの車、後部座席で買ったばかりのリュックの多機能ぶりを探す伊都の独り言に、運転していた俺と、助手席にいた睦月は笑ってしまいそうで。
でも笑ったら、気を悪くするだろうから、二人で我慢して。
ポケットポケットって言う伊都の独り言を聞いていた。
いつもは大好きな学校にランドセルで笑顔で向かうのに、今日ばかりはリュックを背負いたくて背負いたくて、視線がずっとリュックばかりを見つめてた。
だから、そんなに喜んでくれるなら、ちょっと高いけど、まぁ、いっかって。
「でもやっぱり心配でさ」
「あー、まぁ、ですよね。うちはもっと心配。すっごいだらしないからなぁ」
「や、うちもだよ」
「ないない! 佐伯さんのとこの伊都くんはないです!」
「いやぁ」
そうでもないよ?
お腹いっぱいになりすぎるくらいご飯食べて苦しそうにしてたり。忘れ物もたまにしちゃうし。水筒持った! って思ったら、中身入ってなかったり。水筒の中身入れ忘れるなんてさ、重さでわかるだろうに、って思うんだけどね。それに――。
「じゃあ、伊都くんって、自分で宿題、やります?」
「あ、うん。やるよ。確かめ算面倒くさそうにしつつもやってる」
「確かめ算! うちの娘、その言葉を知ってるかどうか……」
え? そうなの?
「あとは……学校のプリント持って帰ってきます?」
「あ、うん。帰るとテーブルに置いてある」
「嘘みたい! あとあとテーブルクロス毎日洗濯出します?」
「えっ? 出さないの?」
「……はい、確定です。全然しっかりさんです!」
そう?
「同じ歳の男子よりも全然ぐーたらなんですが?うちの娘ぇ!」
そう、なの?
「はぁ、私に似ちゃったんだなぁ」
そう、かな?
俺こそしっかりしてないけど。
「でも、そしたらその日は定時じゃないとですね!」
「?」
「デートするじゃないですか!」
「……」
「デート、だって、その日は伊都くんいないから。夜デートとか」
「……あ!」
そこまであんまり考えてなかった、かも。
え、したい、かな。デート?
「けど、平日っていうのがネックですよねぇ。まぁ学校行事だから仕方ないんでしょうけど。翌日、仕事があると思うとはっちゃけられないですよねぇ。もう私も歳なのか、全然夜更かしできないです。翌日、死ぬ……なのに! この前、うちの娘! 和歌の暗唱しないといけなかったのに! してなくて、覚えるまでずっと隣の部屋から有名な和歌を辿々しく読み続ける声が聞こえてきて……寝にくいったら」
あ、そういえば、あくび連発してた日があったっけ。その日かな。
「あれはしんどかった。睡眠大事。お肌のためにとかじゃなく、あくびが止まらない」
「あはは」
「でも、いいですね」
藤崎さんとはママトークをたくさんしてもらってる。同年代の子どもがいて、同じシングルで、それに――。
「デートかぁ。ちょっと一緒にご飯食べに行くだけでもいいですよねぇ。もう家族感? みたいなのでちゃってて。メリハリないですもん」
それに藤崎さんは知っているから。
「えへへ、いいないいな。そしたら、来年、私もデートとか考えたいなぁ」
そして、頬が赤くなってしまった俺に彼女は照れ臭そうに笑っていた。まるで自分のことのように笑って楽しそうにしてくれた。
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