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二人で留守番編 3 ローマ字ってかっこいい!

 デート、か……。  したいな。  デート。  どこかないかな。  でもデートって何するんだっけ。  映画……は流石に難しいかな。時間そんなにないし。二時間映画見てご飯食べて、じゃ、忙しいよね。じゃあ、どこか雰囲気の良さそうなところで食事して、お酒とか飲んで、かな。なんか定番すぎて、いや、その定番も全然久しぶりすぎて、なんかちょっとわからないけど。  ――もう家族感? みたいなの出ちゃってて。  そうだね。うん。  ――メリハリないですもん。  ない、かも。仲は良いよ。もちろん。今でも大好きだし、その……ちゃんと夜も……。つまりは。はい……まぁ。 「どこでもいいよ。お父さん」 「ひぇ? な、なにがっ?」 「? お名前書くとこ」  視界に伊都が突然飛び込んできた。最近の強い夏の陽射しに、ちょっとの時間でも外遊びしてるだけで、日々、色が黒くなっていっている。 「お名前。ぜーんぶに書くの」  そうだった。今回のミニ移動教室の説明会で必ず持ち物全てに書いてくださいって言われたんだ。名前。昔もあったけど、今も変わらず謎の落し物っていうのは本当にあるらしくて、毎年毎年何かしら忘れ物が出てくる。もちろん落とし主は出現しない。落し物があることが問題ではなく、落し物をしない生活の仕方を身につけて欲しいこと。それから自分のものを管理することを覚えてもらうための第一歩だと説明があった。  で、もう来週に迫ってるミニ移動教室に備えて、遅番の睦月が帰って来るまでに名前を書いてしまおうと。二人で。  睦月が帰ってくると、伊都はまた陸月と水泳の話に夢中になって忘れちゃうから。 「でもリュックも書かなきゃダメかなぁ」 「ダメでしょ。全部に書いてって言ってたんだから」 「えー……」  そういうとこはかっこ付けして、気にするんだよね。不思議だなぁ。あまり人にも物にも執着しないほうだし、背伸びもしない性格だけれど、そういうところはカッコつけたがるというか。  とにかくリュックには名前書きたくないらしい。不服だと顔に書いてある。 「これがないと何にもできないし運べないからなくさないよ」 「まぁね。でも、名前は全てに書いてって」 「えぇ……」  変なところはカッコつけなのが、可愛かった。まだまだ子どもだなぁって。 「あ、じゃあ、これは?」  そうだ。前に使ったことがあって……たしか、この辺りに。ふと、思い出して、お裁縫入れの箱を取り出した。 「ほら、これならいいでしょ?」  前にリコーダーのセットだったかな。やっぱり名前を書けるところがない学校で使う道具用に買って置いたのが残ってた。十個で百円とかで、余った分があったんだ。 「そこに書いたら?」  そうしたら名前も付いてるし、その名前外せるし。 「うん! あっ!」  伊都はそのタグに嬉しそうにした、と、思った次の瞬間、何かを思いついたようで、ネームタグにへばりつくようにテーブルに突っ伏した。 「ただいま」  睦月が帰ってきた。 「あ! おかえりー!」 「おかえりなさい」  顔を上げると目が合って。ふわりと微笑んでくれる。 「何してたんです?」 「名前を全部に」 「あぁ、なるほど」  一泊二日で伊都が行くから、その準備をしてたんだ。 「睦月のも書いてあげるね!」 「おー、ありがとう」 「うんっ!」  伊都がね、いないから。  デートとか、どうかな。  独身っぽく、というか。 「ジャジャーン!」 「へぇカッコいいな」 「でしょ? 睦月のも……」  言いながら、また伊都が齧り付くようにテーブルに突っ伏して、字を書いている。 「これ全部に書くのは大変だ」 「うん。すっごい大変」 「頑張れ。じゃあ俺はその間にご飯準備してよう」 「はーい」 「え、いいよ。俺やるから。睦月もう疲れたでしょ?」 「大丈夫」  五回目の夏。  もう分かってる。  夏はとにかく忙しいって。伊都の時のように、この時期だけの短期レッスンが入って、しかも睦月は競技者でもあるから。朝だって運動がてら自転車通勤だけじゃなくて、プラスジョギングもしてる。  それなのに、こうして帰ってくれば一緒に家事をしてくれる。  独身だったら。  相手が俺じゃなかったら、することのない苦労がある、でしょ?  きっと、それさえも含めて毎日楽しいとさえ言ってくれると思うんだ。  でも。  だからこそ。 「伊都」 「はーい」 「ソーセージのケチャップ炒め食べる?」 「! 食べる!」 「オッケー」 「やったー!」  貴方が喜んでくれることをしたい、なんて思ったんだ。 「ローマ字がかっこいいとか、伊都も思うんだ」 「みたいだね」  二人っきりの時間は伊都が寝てからの、ちょっとの時間。それを短いだなんて思ったことはない。むしろ、俺にしてみたらそんな時間があることがすごくて。  恋は、もうしないと思っていたから。  だから、たったの、なんて思ったことない。 「その日は千佳志さん学校まで行ったりする?」 「あ、うん。朝、早くて。確か七時に出発だったかな」 「はや」 「うん。本人たちは早くから始まるって嬉しそうだったけど。先生は大変だよね。荷物も多いから、手伝おうかなって」 「そっか」  俺はそうだけど、睦月は、さ。 「睦月はその日、早番だよね」 「そうだったかな。お弁当作るの手伝うよ」  だから、その日は何か、睦月のためにも恋人らしいこと、できないかなって。 「ありがとう」  思うんだ。

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