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二人で留守番編 4 デート、かぁ

「へぇ……」  期間限定だって。なるほど夏休みだから。  そこまで遠くはない場所で街歩き謎解きスタンプラリーのイベントが行われてるんだって。商店街の中に謎がたくさん用意されていて、それを解きながら食べ歩きと買い物が楽しめる。  伊都、喜びそう。  暑いけど、玲緒君も誘ってあげるともっと楽し――。 「じゃなくて!」  今はデートに良さそうなレストランを探してたでしょ。  ついついサイトのページ端にある情報に目移りしてしまう。これなら伊都も楽しめそうだなぁとか、これはちょっと伊都には難しいかな、とか。  でも、そうじゃなくて。  睦月と一緒に楽しめそうなお洒落なレストランを探してたでしょ。  伊都のミニ移動教室は木曜から金曜まで。金曜の夕方、学校に到着の予定。それからなんだかんだで五時前には帰宅、らしい。  だからデートは木曜日。  仕事はお盆休み前だから少し休めなさそう。あと、睦月も休めないと思う。クラスの予定がびっしり入っているみたいだった。そうだよね。人気講師だと思うもん。教え方が上手で、伊都はそんなに運動神経悪い方じゃないだろうけど、でもすんなり泳げるようになったのは睦月の指導のうまさもあると思う。それに、ママさんたちからの評判もすごく良いだろうから。  もっと前もってだったら休みが取れたかもしれないけれど。もう一週間もないから。ちょっと有給をもぎ取るのは難しい。 「あ、ここ、良さそう」  見つけたのはアラビア料理のお店。自然豊かな森の中のレストランみたいで、テラス席が特に素敵に見えた。川も近くを流れてるみたい。店内の写真もすごい素敵だ。睦月がこんなところでお酒飲んで食事してたら素敵だろうな。すごくかっこいいと思う。  でも、ちょっとここからは離れすぎてるかな。仕事終えて、睦月は早番って言ってたからどこかで待っててもらって、うーん、自転車だから一旦うちに帰ってきてもらったほうがいい? けど、それだと……あ、でもお酒飲むから電車の方がいいか。電車だとどのくらい時間かかるんだろう。 「……げ」  思わず、そう呟いちゃった。  電車の方がよっぽど時間がかかるみたいだ。直通というか、そっちに向かう路線がそもそもない。行くのならぐるりと大回りをしないと無理で、車の倍の時間がかかっちゃう。しかも駅から歩いて二十分ってことは結構時間かかるよね。行くとして、到着するのは何時くらい? 慌ただしくご飯食べるんじゃだめだからゆっくり食べたとして、そこから今度は帰ってきたら……うーん、かなり遅くなりそう。翌日も仕事だもんね。難しいかな。休日の昼間ならいいかもしれないけど。木曜日に行きたいんだよね。  でも素敵だなぁ。  ご飯も美味しそう。  いいなぁ。  でもなぁ。  うーん。  素敵だなぁ。  行くならお酒飲みたいな。  でも電車だと帰りの時間……ちょっとなぁ。  うーん。 「何かあったんですか?」 「! 藤崎さん」 「学童からの呼び出し? それとも学校メール?」  基本、そうなるよね。大体、やぱり子どもに繋がるって言うかさ。実際、俺宛の電話はあんまりかかってこない。だから外部からの電話だとまず学校関係かなって思って、一瞬身構えるんだ。もちろん藤崎さんもそうで。年齢が上がれば上がっただけそういう急遽な呼び出しはなくなってくるけど。 「あ、いや。どこか素敵なレストランないかなぁって、良さそうなところあったんだけど、ちょっと遠くて」 「へぇ、どこなんです?」 「ここ、知ってる? 結構隠れ家的、みたいな感じで人気っぽいんだけど」 「あ、知ってます!」  スマホを藤崎さんの方へ向けると、少しだけ顔を寄せた。近くなりすぎないちょうどの距離。 「ここすごい人気ですよ! この前、テレビでもやってました。土日は予約必須らしいです」 「そうなんだ。そんなに人気のとこなんだ」 「です! へぇ、めちゃくちゃ雰囲気あるなぁ」 「だよね。でもさすだに仕事帰りに寄るのは」 「ちょーっときつそう」  やっぱりそうだよね。  行ってみたかったけどな。  無理な理由の方がたくさんある。遠いし、時間ないし、翌日仕事だし。それなら近くでもっといいレストランとかないかな。この辺に、ここまでデートに最適そうなレストランは……うーん、あんまり大人向けみたいなレストランとか居酒屋は行かないから詳しくないんだ。ファミレス、じゃあ……ね。いや、ファミレスいいけど。美味しいけど。オムライス一つとってもうちじゃ作れないふわふわ卵だし。  どこか、ないかな。 「あ、ここなんてどうです?」 「え?」 「ここなら、全然またガラリと変わっちゃうけど、なんか良さそうじゃありません?」 「うん……確かに」  藤崎さんが見つけてくれたのは電車でここから二十分くらいのところにあるイタリアンレストラン。  雰囲気は抜群。  交通の手段も大丈夫そう。ここならゆっくりお酒の楽しめるかな。 「楽しいといいですね」 「!」  藤崎さんが柔らかく微笑んでくれた。 「……うん」  デートとか、デートのプランを考えるのとか、ちょっとね。 「さ、午後も仕事頑張りますかー! お盆休み明け、請求書の山との戦い、なんて嫌なので」 「そうだね」  くすぐったかった。

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