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二人で留守番編 5 また、そのうち……
「はぁ……」
まさか、だよ。
平日だよ? いや、平日だからって人気なところはそういうものなのかもしれないけど。まさかの予約いっぱいだなんて。
「はぁぁ」
まぁ、もう一週間もないもんね。仕方がないのかも、ね。
都会だったらそんなことないのかもしれないけれど、翌日仕事、そして睦月は大会前で体調整えて、当日のために身体から何から準備しないとで、それだけじゃなく短期レッスンのコーチもしないといけないわけで、そう考えたらいけそうなレストランの範囲は限られていて。その中から探したお店はことごとく予約でいっぱいだった。
そんなわけで、あと数日で木曜日が来てしまうという現段階でデートはいまだにノープランのまま。
ノープランだから、睦月をデートに誘うこともできてない
っていうか、もうちょっと遅いかな。木曜日デートしませんか? って言うには、少し。
そもそも、どうやってデートの準備っていうかしてたっけ。
もう何年も前すぎてわからなくなっちゃった。
でも、どこかないかなぁってまだ探してる自分もいる。
諦めが悪いなぁって呆れるけれど。
じゃあ、自宅でご飯、だけど、メニューをまるでデートのようにっていうのは? いや、それこそ無理か。得意料理は野菜炒めなんだし。あとは睦月が気に入ってくれてる春雨スープとか?
素敵なレシピを作れるわけがない。
まだ誘えてもいないし。
行けそうな場所もないし。
時間もない。
デート。
土日は睦月レッスンがそれこそこれでもかって詰め込まれてるんだ。そして平日は俺が仕事で。
できないかな。
できたりしないかな。
どこかないかな。
なんて、未だにデートプラン諦めてきれてない。
「ただいま」
ちょっと溜め息も混ざってしまいそうになりながら帰宅すると、伊都がひょっこり顔を出した。
(おっ)
お?
伊都の内緒話の、けれどとっても大きな「おっ」の声に首を傾げた。
部屋から飛び出す勢いで伊都が飛んで来て、小さな、けれど、大きな囁き声で、そう平仮名一文字を言った。
(かっ)
「?」
何?
なんで、そんな、小さな声? 小さな声でも一生懸命出してるから、それはそれでけっこう大きい声でもあって。
(えっ!)
あ、なるほど。
何を言ってるのかわかったかも。
じゃあ、次に言うのはね。きっと。
「(り)」
最後の平仮名一つは声が重なった。
そのことに伊都は少し驚いて目を丸くして、俺の方を見つめる。
おかえり、そう言ったんでしょ?
(睦月、寝ちゃった?)
今度はそっと話しかけると、声に出すことなくコクコクと頷いている。そっと忍足でリビングに向かえばソファのところで睦月が居眠りをしていた。お腹のところにかけてあるのは伊都のタオルケット。テーブルには伊都が数日後に行くミニ移動教室のしおりが開いておいてある。それから宿題も。算数のプリントをしていたみたいだ。
多分、宿題を伊都がやっていて、それを背後にあるソファに座りながら睦月が見ていてあげて……伊都が振り返ったら寝ちゃってた。それでそっと自分のタオルケットを持ってきてかけてあげた。そんな感じ、かな。
伊都は、そっと、そーっと睦月を起こさないように気をつけながら、宿題を片付けて、自分の部屋へと行く途中でお風呂のスイッチを押してくれたみたいだ。軽やかな電子音が聞こえて、そのまま伊都の部屋の方からカチャカチャとランドセルのベルトの金属音が聞こえてくる。それから小さな鼻歌。移動教室っていう単語が聞こえたから多分自作の歌。
「……」
疲れてる、よね。どのくらいレッスンが多くなるのかわからないけれど。コーチもさ、トップコーチになると多分色々忙しいんだと思う。デスクワークもあるんだろうし。個人個人のレベルとか把握して、その子それぞれに合った指導をしていく。それはただ教えてるだけじゃ難しい部分もたくさんあるはず。指導力のレベルアップとかもしないといけないと思うし。
それプラス帰宅した後はこうして伊都の宿題もみてくれて。
大変、だよね。
休めないよね。
疲れ、とれないでしょ?
「……つき」
そっと、愛しい人の名前を呼んで、そっと、そのプールのせいもあって色素の薄くなった髪に触れ――。
「……ん」
その時、睦月の瞼がピクンと反応した。
そして緩く穏やかな寝息をこぼしていた唇がキュッと僅かに力を込めて。
ごめんね。寝てるとこ、起こしちゃった。
疲れてるのに。
「千佳志?」
「……うん」
無理にどこか出かけなくてもいい、かな。
うん。
睦月がゆっくりしてくれる方が嬉しいや。
「ただいま」
「ごめ、俺、居眠り」
「横になってなよ。ご飯作っちゃうからさ」
そうしよう。デートは、なし。どっちにしても良さそうなお店なかったし。無理させたいわけじゃなかったし。睦月にとって楽しいかも、とか考えて、あっちこっちレストランないかなって探し回ってたけど。今、それどころじゃないでしょ。睦月にとってはすごく忙しい時期なんだからさ。
「千佳志」
「ただいま。後でいいんだけど、今度の大会、日程表ってもう出る?」
「あ、うん。もう」
「そしたら教えて? 俺もその日は有給必ず取って、伊都と応援行くから」
「うん……」
また、そのうち、ね。
「応援してる」
さ、それよりご飯、作らなくちゃって、キッチンに向かいながら冷蔵庫には何があったかぁって小さく呟いた。
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