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二人で留守番編 6 大人は色々忙しい
また、そのうち、ね。
「ほら、伊都、朝ごはんはパンに自分でハム挟んで、クロワッサンの」
「はーい! あ、これ美味しいやつだ」
「レタスもちゃんと挟むんだよっ」
「はーい! ご飯じゃないの?」
「今日、お弁当におにぎりあるから、パン。それにバス、お腹いっぱいまで食べると酔うかもでしょ」
今日、七時に学校集合で、それだけじゃなくお弁当も必要。しかもこの季節、傷みやすいもの入れられないし、気を使うし。気休め程度にしかならないだろうけど、保冷剤代わりのゼリーを三つに増やしたり。そのゼリーもなくて、昨日の夜大急ぎで買ってきたりして、もうバタバタ。
「千佳志さん、洗濯物、干しておいたよ」
「あぁ! ごめんね。ありがとう。睦月も今一緒にご飯でいい?」
「いいけど、面倒だったら大丈夫だよ。適当に済ませるし」
「平気平気!」
睦月だって大会あるでしょ? 身体作りは食事から。バランスの取れた食事と、低カロリー、高タンパク、っていうじゃん。だから、ちゃんと。
「ゆでたまこも挟む人ー!」
「はーい!」
「じゃあ、俺も挟もうかな」
今日はちょっと特別な日だからと伊都の好きなパン屋さんでクロワッサンを買ってきていた。そこにハムにゆで卵、レタスに玉ねぎ、たくさん挟んでサンドイッチにして。
「今日晴れてよかったぁ」
「そうだね。でも雨具忘れないように」
「バッチリ! ちゃんと入れてあるよ」
「伊都、靴下、玄関に置いてあったけど?」
「あ、あれはね、睦月の真似したの」
「俺の?」
「睦月、よく持っていく荷物あそこに置いてるから。俺は靴下最後に履くからね、真似して。あそこにあれば忘れないでしょ?」
「確かに」
「ほらっ、伊都、時間」
「あ! 本当だっ! やばいやばい!」
バッタバタ。
だから、また、そのうち、でちょうどよかった。
朝、いつもよりもずっと早い時間に起きて、お弁当の用意をしながら、どこかふわふわと足元から浮かんじゃってそうな伊都のお尻を叩くように、朝の準備を急がせてる。
大忙しだ。
「ほら、気をつけて」
「はーい!」
「いってらっしゃい」
もう朝のこの時間だけで体力ゲージは減りまくりで。
「おとおおおおおおさあああん!」
だから、本当に、また、そのうち、でよかったって思った。
「えぇ? じゃあ、デート結局なしに?」
「んー……まぁ、今、色々忙しい時期だから。大会前で、食事とかも気をつけてるし」
「けど」
「まぁ、いつでもできるし。機会があればまたって感じで」
藤崎さんはまるで俺の代わりのように不服そうな顔をしてくれた。
でも、本当にいいんだ。
実際デートってするには難しかったし。朝は早起きで、伊都を学校に送り届けてから、自分の職場に到着するまでバッタバタに忙しかったし。レストランも良さそうな、それと時間とか自分たちの都合を考えた範囲内にある行ってみたい所は取れなかったし。
「また今度、アラビアン料理のところはちょっと、けっこう、かな。気になってるから、そこは都合良さそうな時にでも行ってみるよ」
「アラビアン……」
「うん。けっこう本格的っぽかったから、伊都はちょっと食べられなさそうだけど。お店の雰囲気は本当にすごかったから。そこは行ってみたいんだ」
「そうなんですね」
「うん」
今の、日々に不満なんてない。
あったら、バチが当たってしまう。
「さ、仕事、片付けちゃおう」
「……そうですねっ、デートとは関係なしに、やっぱり定時上がりがいいですもんね」
「そうそう」
「よし! あ、そうだ。佐伯さん、この間、営業の出した出張交通費請求の用紙なんですけど」
「うん、何かあった?」
「それがですね……」
藤崎さんは紙でもらった用紙をファイルから出そうとしたところで、外線からの電話が入り、と、同時に配送業者からの伝票も届いて、と、慌しく、俺たちのところには、ほらほらデートプランはまた今度、と言うように仕事がたくさん舞い込んできた。
そもそも、睦月と一緒に暮らせてる時点ですごいことだ。
恋なんて、もう、できないだろうって思っていたのに。
もうずっと一人だろうって思っていたのに。
隣に好きな人がいる。その人が笑ってくれる。その人が幸せだと言ってくれる。そんなの、もう、ないだろうって。だから、今の時点でとても恵まれていて。
デートだって、もう絶対できないわけじゃないし。
「藤崎さん、お疲れさま」
「あ、お疲れ様でーす。また明日よろしくお願いします」
またそのうち。
「……ふぅ」
今日、仕事、けっこう忙しかったし。
そうだ。夕飯どうしようか。二人だけだから、伊都には食べられない激辛メニューとか? でも、そんなに激辛は得意じゃないしなぁ。豚キムチくらいなら、いけるかな。
キムチとか身体にいいって聞くもんね。豚肉には……あ、ほら、疲労回復効果もあるって。
スマホで調べたりするんだ。疲労回復とか、タンパク質が多いとか。それを急に意識したって遅いのかもしれないけれど。それでも睦月にとってちょっとだろうと良いことならって。
「お疲れ様」
「……」
彼のために、ちょっとでもなるのならって。
「ぇ……あの、睦月」
「ジョギングがてらここまで迎えに来ちゃいました」
「……」
好きな人のために、ちょっとでも。
「けど、考えたら迎えに来た俺が貴方の車に乗せてもらうのって、なんか変だなって、今」
とてもとても好きな人だから。
「気がついた」
今日は早番。彼が早番の時は俺よりもずっと早くに終わる。でも、最近は任される仕事が増えたのと同時に責任もある仕事が多いみたいで、早番だろうと遅くなることもたくさんあって。だから、こんなに早く終えるのは珍しくて。
「千佳志」
「!」
それだけでわかる。
「一緒に帰ろう」
貴方が。
「……はい」
仕事を頑張って早く終わらせてここへ来てくれたって。頬が熱くなるくらい、わかるんだ。
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