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二人で留守番編 7 美味しい豚キムチ

 車の中ってこんなに静かだっけ。  運転は睦月もするけれど、基本は俺かな。それで、助手席に睦月がいて、後ろのどちらかに伊都がいる。右だったり、左だったり。その日の気分で座る場所が違うみたい。  この前は新品の、今、きっと大活躍だろうリュックの機能チェックに大忙しだったっけ。ここにもポケット、こっちにも小さなポケットって、リュックとおしゃべりしてるみたいにずっと話してた。  今日はそんな伊都がいないから。  とても静かで少しドキドキしてしまう。  とくに何かあるわけじゃないのにね。  まるで初めて二人っきりにでもなった、始まったばかりのカップルみたい。 「千佳志、すごいびっくりしてた」  あ、呼び方が、二人っきりの時のだ。 「だって、いると思わなくて、連絡くれたら急いだのに」 「連絡したら急がせるだろうから」  声もとても穏やかだ。ほら、少しだけいつもよりも低く聞こえる。 「今日は二人っきりでしょ?」  うん。そうだね。伊都がいなくて、二人っきり。 「千佳志はけっこう心配性で」  そう? そんなところある? けっこう抜けてるところばかりじゃないかな。 「伊都のこともすごく心配してるから、その伊都がいない間はきっとそのことで頭がいっぱいだろうし。だから、なんていうか、そんな気分じゃないだろうなって」  車の中でぽつりぽつりって睦月が穏やかな優しい声で話してくれる。 「伊都のことが気がかりだろうからって思った。でも、昨日、なんとなくだけど。なんか……言いたそうな顔してたから」  そんな顔、しちゃってたかな。  見破られちゃった、の? 「気になって」  伊都のことはすごく心配だよ。  でもね。  これは悪いお父さん、かもしれないけど。 「気分……だったりした、かも」  今度はもっと小さく、ぽつりと俺が呟いた。 「睦月と、その」  貴方にだけ聞こえればいいから。 「恋人、気分……だったり、した、かも……です」  二人っきりだから、小さく小さくそう呟いた。 「千佳志が、敬語、で言うの」  そして、貴方が笑ってもっと小さな声で、俺にだけ囁くように。 「可愛いな」  そう耳元で告げて笑うから、ドキドキしている心音が聴かれてしまいそうでたまらなかった。 「ワイン、買っておいたんだ。夕飯どうしようかなぁって考えて」 「あ……うん」  帰宅すると、やっぱり静かで少し落ち着かなかった。そわそわしてしまう感じ。 「食べたいもの色々あったんだけど、やっぱり」 「あ、何か食べたいものあったら作るよ? 何が」 「野菜炒めがいいなぁって。今日は伊都がいないから、辛い感じにして、キムチとか入れたりって」 「……」 「とりあえずキムチと野菜炒めに足りない食材は買ったんだけど。って、なんか生活感ありすぎるか」 「……っぷ」 「! もちろん俺も手伝うし」  つい笑ってしまった。 「作れ、とかそういうのじゃなくて」 「うん」 「純粋に、千佳志の」 「うん」  だって同じメニューを考えてたんだもの。 「俺ね、デート誘おうと思ってたの」  きっと睦月が気にかかったと言っていたその表情は、デートに誘うのを諦めた瞬間のだったんじゃないかな。 「でも、時間的にも難しいなぁって思ってね」  本当は行きたかったし、本当は残念だなぁって思ってたけど。 「で、じゃあ、うちでご飯だとして、何か、伊都がいる時は食べられないものにしようかなぁって思って」  またそのうちデートするチャンスはあるだろうし、って思って。 「そしたら豚キムチとかいいかもって」 「……」 「同じメニュー考えてたんだって、笑っちゃった」  前に聞いたことがある。確か藤崎さんが教えてくれたんだ。夫婦とかってほとんど同じものを食べるでしょ? 朝と夜は確実に同じものを食べるから、昼食に食べたいなぁって思うものが同じだったりするんだって。もしくは、今日食べたいなぁって思うものが同じだったりするんだって。  だから、同じものを食べたいと思えたの、嬉しかったんだ。  年甲斐もなく、だけどね。 「豚キムチにワインって、なんかガチャガチャな組み合わせだけど」  きゅん、ってね。 「二人だけだからいっか」  しちゃったんだ。 「伊都もそろそろ食事の時間か」  睦月がちらりと時計を見た。時間は七時。 「あー、そうかも。確かしおりの予定表だとそうなってた。食べ終わった頃かもね。向こうは暑かったかな」 「どうだろう。夜は冷えるって言ってたっけ」 「うん。伊都、寝相あんまり良くないからなぁ。友達蹴っ飛ばさないといいけど。小さい頃なんて何度も顔面に足飛んできたし」 「あはは。俺もたまに足飛んでくる」  睦月はそう言って笑いながら、伊都にはちょっと辛すぎて食べられないだろう豚キムチをパクりと食べた。  テーブルに並んだのは豚キムチに、サラダ豆も入れたサラダに、キクラゲのスープ。あと、冷奴も食べたいなぁって思って、余ったキムチをお豆腐に乗っけた。それと、買ってきてくれたワイン。ちょっと、伊都には食べられるものが少なめ、かな。それから食べたいものを並べただけだから、ワインとの相性なんて考えてなくて。  生活感丸出しって感じ。でも――。 「あと、ゲンコツ飛んできたことあった」 「伊都の寝相は千佳志と麻美さん、どっち似?」 「んー、どうだろう」 「千佳志かな」 「え? なんで」 「千佳志だと思う」 「えぇっ! もしかして、俺ってば」 「……」 「も、そこで沈黙って」 「いや……」  ねぇ、それって、それってさ、寝相悪いってこと? 俺の寝相もしかして、すごく悪いとか? 「っぷ、あははは、そんなに焦る千佳志」 「だって」 「可愛いなぁって思っただけ」  よかった。 「寝相の悪さに焦ったところが可愛いわけないでしょ」 「そんなことないよ」  アラビアンレストランはまた今度にして、よかった。 「可愛いよ」  今日、豚キムチにしてよかった。

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