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第31話 覚えるから、教えて?

 どうしよう。こんなの、声が出てしまう。 「あぁっ! ……ン、んっ」  それに濡れた音が止まらない。 「あ、睦月っ」  彼の名前を呼んだ。くちゅっ、なんて音がするから掻き消すように睦月を呼ぶ。二本を束ねて握りしめ上下に動く彼の手に合わせて、止まることのない音。下は何も身につけず、上のTシャツだって胸のところまで捲り上げられ、もう覚えてしまった快感にツンと尖る乳首を見られながら、あられもない格好が恥ずかしくてたまらないのに、止められない。 「何? 千佳志さん」  気持ち良さそうな睦月の声。少し語尾が掠れる低音が耳を愛撫する。ゾクゾクして、彼に名前を呼ばれる度に握って扱かれているそこの先端が濡れてしまう。俺のと、それと一緒くたになって、擦られている睦月のと、大きな掌を濡らしていく。 「あ、あっ、睦月っ」  裏筋をゴツゴツした熱の塊で擦られる快感。舌とも、指先とも違う、不器用な感じに腰砕けになりそう。背後の壁に身体を預けているだけじゃ、心許ないほど足に力が入らなくなって、睦月の身体に擦り寄った。腕を首に絡みつかせて、寄りかかって甘える猫みたいに、彼の懐を独り占めする。 「キス、欲し……」  首を傾げると、さらうように唇を奪われた。差し込まれた舌を舐めてしゃぶると、睦月の手がきつくペニスを握る。塞がれた唇の隙間から声が漏れてしまうくらい、先走りで滑る彼の手が気持ちイイ。はしたなく腰が揺れる。 「あっ、はぁっ……むつ、き」  キスをくれる唇が離れるのは寂しくて、どちらのかもわからない唾液に濡れた睦月の口元をぺろりと舐めた。 「睦月……ぁ、ン」  擦れ合うの、気持ちイイよ。睦月の熱を感じるとたまらなく興奮してしまう。声を抑えなくちゃいけないのに、もっと欲しくなってしまう。身体をくねらせて、求めてしまう。 「いつも、貴方はそうやって俺を煽る」 「ぇ?」 「知らないでしょ? すごく色っぽいって。俺、今日は我慢しようって思ってたのに」 「?」  睦月が熱の混ざる溜め息を一つ零した。 「男同士で、貴方の身体にかかる負担考えたら、そうしょっちゅうは、ダメでしょ?」  大事にしたいんです、って、真剣な声と、真剣な表情で告げられた。 「だから、今日はここまでって」  隣に座って肩を抱くだけ、キスだけ、肌に触れるだけ、扱いて気持ち良くなるだけ。そんなふうに少しずつ少しずつ、我慢の決意を必死に堪えて引いた線を滲ませないでって、睦月の声が切羽詰まっていた。 「……睦月」 「それに、ヤキモチ」 「?」 「ヤキモチしてたの、俺のほうですよ」  びっくりした。俺の生活に恋愛の要素なんて欠片ほどもない。何しろ恋の仕方すら忘れてるような俺に周りに、睦月がヤキモチをするようなことは一つも見当たらないのに。 「あの受付の子が千佳志さんに再契約のこと話さなくちゃって、今朝、言ってたんです」  それを聞いて、自分がコーチをしているから、後でコーチである自分から言ってみるって、そのほうが伊都君の水泳のことも踏まえて話せるかと言い訳を付け加えた。そうしたほうが勧誘しやすいだろうからって言ったのに、彼女がわざわざ更衣室のところまで来たりするから、慌てて間に入ったんだって苦笑いを浮かべた。 「ガキくさいでしょ? 言いたくなかったんだけど、言っちゃった」 「……」 「貴方があまりにも色っぽいから。ちょっと不安にかられて」 「不安?」  色っぽいのは君だ。不安にかられてるのは、俺。 「それに、嬉しかったから」  ヤキモチやかれるのが、嬉しかったって、睦月が笑った。その顔に胸のうちにあったヤキモチの形が変化する。恋しいって形に変わって、そして、たまらなく愛しくなる。 「……して?」  さっき、あの女の子に優しく「ありがとう」って言った唇。もし、いつか彼女が好きだと告白をしたら、同じこの唇で今度は「ごめんね」って言って欲しくて、願うように吸い付いて、小さなキスを繰り返す。君は別に男が好きなわけじゃない。俺もそうだけれど、今まで付き合ってきたことがあるのは女性だろ? だから、今、ここでこうしていることは決して気軽な気持ちで決めたんじゃないと思うんだ。  一時の好奇心で、子持ちの同性はきっと抱けないよ。だから、して? 「睦月、お願、ここ」  壁と向かい合わせになって、背中をくねらせ振り返ってキスをした。筋肉質だろう背中なんて色気も何もないかもしれないけれど、それでもその背中を折れそうなほどしならせて、今さっきまで自分のに擦り付けられていた、睦月のペニスの先端を掌で撫でた。 「して?」  男同士だから、ねだってすぐにもらえるものじゃない。君の指を使ってほぐしてくれなくちゃ繋がれない面倒なセックスかもしれないけれど、ずっと、ペニス二本を合わせて扱いてる時からずっと硬く反り返ってくれていた、この睦月が欲しい。 「千佳志さん」 「覚えるから、教えて?」  君の好きな人が誰なのか、教えて、欲しいんだ。 「あっ、あアっ! 睦月、ぁ、奥にっ」  何も掴むところのない壁に縋るように手をついて、腰を後ろに突き出す。 「ん、ひゃぁぁンっ」  捲り上げられたTシャツ、剥き出しになった乳首を背後から伸びて来た骨っぽい指先に摘まれて、キュンと締め付けてしまう。 「千佳志、さん」  好きな人のペニスを締め付けてしまう。 「あ、ン……ン、ん……」  きつくしゃぶりつく内側を遠慮なく抉じ開ける、少し強引で、ものすごく優しくて熱いペニス。大事にしたいと言っていた言葉どおり、大事に丁寧にほぐされ感度が振り切れてる身体はトロトロで、奥に切っ先を突き立てられる度に甘い蜂蜜でも掻き混ぜてるみたいな音を立てた。 「睦月、あぁっ!」  腰を掴む掌も気持ちいい。指先も、前かがみになって首筋に触れる睦月も乱れた呼吸も、尻に食い込むほど力む指先も全部気持ちがいい。 「好き、です」 「んっ、ぁ、あっ、アっ……ン、」  身体にも耳にも刻み付けるように、睦月が奥を貫きながら、好きって繰り返す。 「覚えました?」 「っ」  耳朶を甘噛みされながら囁かれて、内側をキュンと締め付けて答える。  中を濡らして掻き乱す熱に溶けてしまいそう。振り返ると、睦月が男の顔をしていた。壁に縋ることにさえ少し拗ねたように、俺を背後から抱き締めて、腰を打ち付けてくる。激しく突き上げられて、立っていられなくなりそう。 「覚えた、から。だから、睦月も覚えて?」 「っ」 「俺も、すごく好きだって」  深く口付けられた。口の中をまさぐられながら、奥も、身体の一番奥も睦月に掻き乱されて、そして、たまらなく熱くてとろりとした「好き」が奥に注がれたのと、睦月の掌を「好き」で濡らしたのはほとんど同時だった。

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