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楽しい花火大会編 3 ロングヘアの千佳志

「え? 俺の反抗期、ですか?」 「うん」  コクン、と頷くと、うーん、って困ったって顔をして、俺から、その頭上、右斜の辺りへ視線を泳がせた。  ちょっと、ふと、どうだったのだろうと思って。睦月の反抗期。  だって、すごく優しくて、とにかく物腰が柔らかいというか寛大で、包み込むように懐が深くて。俺は睦月のそういうところに惹かれたんだし。ひとり親で心細かった俺にとって、あんなにほっとできる場所は他になかったっていうか。もちろん、それだけじゃないけれど。睦月のすごいところは。けれど、睦月も普通に中学生だった頃もあったわけで、でも、その反抗期中の睦月が想像できない。 「ふ、普通……ですよ」 「えぇ?」  思わず疑いの目を向けてしまった。だって、今の言い方、なんだかとてもそうは思えなかった。  睦月はソファに俺と一緒に座りながら、録画しておいた水泳の世界大会の中継を見ていた。やっぱり世界はすごいなぁと睦月はしきりに言うけれど、俺にしてみると、睦月だってそう世界選手と違うようには見えない。同じくらいに魚のように水の中をものすごい速さで泳いで行くし、同じくらいに、ううん、もっとかっこよく見える。 「じゃあ、どんなだったか教えてくれてもいいと思う」  そうでしょう? 「まぁ……っていうか、どうして急にそんなことが知りたいんです?」 「いや、ほら、最近の伊都、やっぱり反抗期なんだろうなぁと」  たまに難しい顔をしている。いつも笑ってしまうくらいにあっちこっちで俺を呼ぶ、とても大きな声の「おとおおおおおおさあああん」もここ最近耳にしていない。まぁ、中学生にもなって、そう大きな声でところ構わず呼んでいるのは、それはそれでどうなのだろうとも思うけれど。 「だから教えて欲しいなぁと」 「…………」  あ、また、困った顔。 「まぁ、それなりに、色々」  あったんだ。色々。どんなだろう。こうなってくると、興味津々になってきてしまう。 「もしかして、金髪に?」 「それはさすがに」 「じゃあ、茶髪に?」 「……いや、メッシュを、けどすぐに戻しました」 「えぇっ」 「いや、夏だけ、それも顧問に怒られてすぐに黒髪に戻しましたし」  そうなんだ。茶髪、メッシュ。へぇ、わぁ、おお。きっと、女子は騒いだだろうなぁ。だってちょっと、絶対にかっこいいだろうから。 「他にはっ」 「……」  あ、もっと困り顔。  そしてそれとは反比例するように俺はワクワクしてきてしまった。 「あとは、まぁ、一般的な反抗期です」 「その中身を」  食い下がると、うーん、と唸ってから、今はもちろん茶髪でもメッシュでもない髪をかき上げた。 「当時」  当時? 「水泳部の合宿で」  合宿で? 「花火を」  花火? あの、花火? 「しようと思いまして」  どこで? 「合宿所の近くの森の中で」  えぇ? 「いや、馬鹿なんです。森の中で、とか。本当、バカなんで。夕食後の自由時間にそれをしようとして、まぁ、怒られて、朝まで正座で」  ひぇ。朝まで? それは、相当。 「足の甲が内出血です」 「わ……」  痛そうだ。俺、正座はきっと一時間くらいしか保たないと思う。それこそ法事の時とか、辛くて辛くて。 「けどあとは大して。それこそ、親とあんまり話さないとか、その程度で。はい、次」  次? 「千佳志さんの番」 「えぇっ」 「俺の反抗期、というか馬鹿な中学生の話をしたんで、千佳志さんの反抗期を教えてください」  俺の、反抗期、かぁ。 「どんなでした」  うーん。 「大したことは」 「いや、その言い訳はだめですよ。俺もそうでしたから」  形勢逆転だ。今度は睦月がぐいっと俺に詰め寄って、俺がしどろもどろに。これ、けっこう気恥ずかしいかもしれない。  いや、本当に、馬鹿だなぁと呆れるというか。 「うち、母親と姉が本当に騒がしくて」 「はい」  うぅ、今度は睦月が目を輝かせてるし。 「中学生になってすぐに髪を伸ばし始めたら、色気付いたの、なんだかんだうるさくて」 「へぇ、髪短かったんです?」 「ふ、普通だったよ。あ、伸ばし始めたって、ロングにするとかじゃなくて」 「ロングヘアの千佳志かぁ、美人そう」  そんなわけない。ただのニキビが気になる普通の中学生男子だよ。 「うるさい、って言っちゃったり」  ちょ、そこで目を丸くされると、ちょっと。 「いや、だって、朝起きて鏡の前で髪型整えてるだけで、きゃー色気付いたとか、彼女できた? とかいちいち言うから」 「っぷ、あはは」  つい言い訳をしてしまった。その様子に睦月が笑って、そっとソファの背もたれに肘を置くと、身体をこっちへ向けてくれる。 「反抗期の千佳志さん可愛いです」 「!」  ふわりと俺の頬に手を添えて、そっと、優しく、唇にキスをくれた。 「きっとその頃から綺麗なんだろうなぁ」 「!」  そんなわけは……と、その時だった。 「ただいまー」  玄関先から聞こえたその声に二人して飛び上がると、睦月と同じように水泳部に入った伊都がソファに並んで座っている俺たちを見つけて、もう一度小さく「ただいま」と言った。 「あ、これ、世界大会、俺も見たい」  そして、そういえば最近少し髪が伸びてきた伊都がテレビ画面に釘付けになりながら、カバンをその足元に置いた。 「伊都、水泳の練習あったんじゃなかったっけ?」 「あった」  睦月以上に水泳大好きになった伊都はテレビ画面から目を離すことなくそう呟いて。 「あったなら、バスタオルとか、ほら、洗濯機に出す。臭くなるから」 「えぇ……」  最近、きっと伸ばしてるのだろう前髪をかき上げて、とてもめんどくさそうな顔をした。  ついさっき、睦月と俺でお互いに気恥ずかしいと思いながら打ち明けた中学生時代の反抗期をなぞるような伊都の様子に、二人して、ふと笑ってしまうと。 「え、何?」  伊都が少し幼さがまだちょっとだけ残った顔にぎゅっと皺を寄せて、まさに反抗期ですと言いたそうに、怪訝な顔をして見せた。

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