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楽しい花火大会編 4 鏡よ鏡

 まぁ、反抗期がないとそれはそれで……ね。良くないっていうし。ちゃんと反抗期が来て、そこで初めて、精神的に大人へと成長していけるのです、だそうで。 「……」  やっぱり、今、きっと反抗期真っ只中、なんだろうなぁ、と洗面所で遭遇した伊都を目の前にして思った。 「……おはよ」  以前なら、小学生の頃なんて、髪型もちっとも気にすることなかった。朝、じゃぶじゃぶと顔を洗ったらそれでおしまい。ブラシで髪を整えるなんてこと全然しなかった。慌てて俺が後ろでぴょんって跳ね上がった寝癖を追いかけて直してたくらいなのに。中学生になって、急に鏡の前でふと足を止めて、髪を整えたりしてる。そのくせ、女の子に花火大会に誘ってもらうと行きたくなさそうにするしなぁ。 「おはよう。ニキビ、気になるの?」 「……まぁ」  思春期中学生は不可思議な生き物だ。  どうやらおでこのニキビを気にしているらしい。といってもたくさん、じゃなくて、ちらほらと見受けられる程度。俺も、ニキビはあんまりできなかったんだよね。逆にそれが当時、いやだったっけ。みーんなニキビがあるのに、俺だけ少し気になるな程度で。それがなんだか子どもっぽい気がして。第二次成長してるのかな? って心配したことがあった。  あ、あと、髪もね。  髪型じゃなくて、毛量。  いや、本当に今考えるとそんなわけないんだけど、つむじがあるせいだし。全然、禿げる家系じゃないし。じいちゃんも剥げてなかったし。でも、当時、そのつむじの辺りの髪がなんとなく少ない気がして、すごく気になったっけ。  ほら、今、ちょうど、伊都が不安そうに鏡を見つめながら触ってる頭頂部の辺りを。  真剣な顔をしている伊都がおかしくて、つい笑ってしまった。 「ニキビ、気になるなら皮膚科探そうか」 「……うん、できたら」  わ。そっかそっか、やっぱり少し気になるんだ。ニキビ。 「オッケー」  笑いながら、今度はその頭頂部にあるつむじを人差し指でぎゅっと押してみた。 「! ちょ、何っ」 「禿てないよ」 「!」  中学生で禿げるわけがないでしょう? じいちゃん、禿げてないでしょ? それに美咲の家系も禿げてる人、いなかったよ? だから大丈夫。 「けど、なんか薄くない?」  それはつむじがあるからです。 「なんとなく、髪もこの辺だけ短い気がするし」  それはそういう髪型なんでしょう? 「大丈夫だって。それより、ほら、今日は練習午前早くからなんでしょ」  そんなに髪型気にしたって、水泳で帽子被ればぐちゃぐちゃになるし、なんだったら濡れて、全部リセットされちゃうんだからさ。 「はーい」  けれど、そんなことを言ってしまうと、今反抗期の伊都はむすっとしてしまうだろうから。 「休憩時間にインゼリーとか持ってって」 「わかってるー」  本当に食べ盛りだから。朝、どんなにたくさん食べたって、帰ってきた瞬間、ただいまよりも先に「腹減った」って言ってくるお腹ぺこぺこ星人だから。 「おはよ、千佳志さん」 「あ、おはよう」 「? 何笑ってるの?」 「あー、うん」  伊都がね。 「あ、ね、睦月は禿げる家系?」 「え? え? あの、薄くなってる?」  俺の唐突な質問に大慌てで今度は鏡の前でじっと自分の額の広さを確認してる。  鏡もびっくりするだろうな。今までちっとも見つめてくれなかった子が急に毎日自分をじっと見つめてきたら。と思えば今度はとってもかっこいい成人男性もじっとこっちを見つめてきて。鏡は無言で彼らの姿を映し出して上げてるけれど、内心、ドキドキしてるに違いない。 「ううん、多分大丈夫」 「え、何、多分って」 「ううん」  睦月でもそこは焦ったりするんだね。 「うち、叔父が髪薄いんですよ。えぇ、マジ? 俺の父親は禿げてないし、だから、多分」 「ふふ」 「ちょ、笑ってないで。後頭部?」 「ふふふー」  ちょっと睦月が可愛くて、からかってしまった。  大丈夫、ちっとも禿げてないし、すごくかっこいいよ。  そして、睦月も水泳のコーチで髪は帽子ですぐにぐちゃぐちゃになるし、シャワーで濡れてヘアセットは意味がなくなってしまうけれど、鏡に向かって、さっきの伊都のように入念にケアをしていた。 「あ、伊都、来週の花火大会」  かわいいなぁ。かっこいいのにかわいいって、なんだかずるい。 「浴衣、着てく?」 「え、着てかない。っていうかないでしょ」 「買うよ。だから着て来なよ。せっかくなんだから。玲緒くん着てくる?」 「……けど」 「じゃあ、着ていきなよ。着付けも俺ができるし」  また、なんともいえない不思議な顔を少しだけして、それから不服そうに口を僅かにへの字に曲げた。 「睦月と色違いのにしよっか」 「……わかった」  さすが睦月パワー。そこは変わらないんだ。  睦月は伊都にとってヒーロー。  それか小学生でランドセルをガシャガシャ鳴らしながら「おとおおさあん」って元気に俺を呼んでた頃とちっとも変わらない。中学生になって、元気にそんなふうに親を呼ぶのは気恥ずかしい年頃になっても、伊都にとって、睦月はやっぱりヒーローなんだ。 「浴衣、着てく」  それがわかると、なんだか嬉しくて、自然と口元が緩んでいた。

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