119 / 121

楽しい花火大会編 6 下駄と絆創膏

 今年の夏は暑さが尋常じゃくて、朝から焼け焦げそうな、光線みたいな日差しがきついのだけれど。朝の、まだ暑さがそこまでじゃないうちに買い物は済ませておいた。  スーパーに行くと、今日の花火大会の観覧客向けの行楽弁当や、ポテトと唐揚げのつめ合わせ、フランクフルトが売られていた。  伊都は現地の屋台で何かしら買うだろうから。  俺たちはマンションのベランダからちょっとだけ見える花火をゆっくり楽しむことにして。  ビールとたこ焼き、海苔巻き、美味しそうだねって言いならあれもこれもって買いすぎて冷蔵庫がパンパンになってしまった。枝豆買い忘れたのは失敗だったけど、もう冷蔵庫には入り切らなそうだから。まぁ、いっか。  日はまだ高い。夕方、十六時すぎにもかかわらず、まだまだ暑さも、日差しも厳しいけれど。そろそろ伊都は出かける時間で。  花火は十九時からだっけ。  少し前には到着していないと見る場所がなくなってしまう。  睦月と色違いで買った浴衣は伊都も気に入ったようで、それ以降は不思議な顔も不服な顔もせずに、どちらかと言ったら楽しみにしているようだった。 「玲緒くんから連絡来た?」 「ううん。まだ」  肌着は普通のVネックのTシャツでも大丈夫って言われたけど、伊都が持ってる制服のワイシャツの下に着るインナー、全部丸首だったから、いっか。  着てなくても。 「あ、駅前のスーパーでフランクフルトとか売ってるみたいだよ」 「うん」 「お金、持った?」 「持った」  あんまり大金持っていかないように、って言うと、今度は何にも買えなさそうだし。でも、お金はなぁ、トラブルの元だしなぁ。  玲緒くんいるから大丈夫かな。  玲緒くんしっかりしてるし。  あ、これ、帯紐だけはしっかりやっとかないと。 「お、お父さん、ちょっときつい」 「え? マジ?」 「うん」  えぇ……でもしっかりって言ってたんだよ。  それでなくても伊都、何にも気にせず走り回りそうだし。あ、っていうか、女の子一緒にいるんだよね? 女の子、浴衣かな。歩調ちゃんと合わせて歩けるかな。えぇ、その辺、抜けてそうだなぁ。玲緒くんとはしゃいで女の子を置いてけぼりにしたりしないでね、なんていうと、うるさいよね。 「このくらい?」 「うん」 「あんまりきつくないから、歩いてるうちに緩くなるかも。もう少し締めておけば」 「えぇ、苦しい」  えぇ……歩いててダラダラになっちゃったらどうするの。 「千佳志さん、貸して」 「?」  そこに自分の分の着付けを終えた睦月が伊都の前に膝をつくと、ぎゅっとその帯紐を締め付けた。 「ここで帯紐でも結んであるから」 「うん」 「で、この帯がマジックテープになってる」 「うん」 「ここで帯でぎゅっと閉めて、この端を帯と着物の間に差し込む」 「うん」 「もしも玲緒と花火見てる間に解けてきたら自分で直すように」  わかった、と言って、伊都が素直に頷いた。 「あと、あんまり大金は持って行かないように。はしゃぎすぎもダメ。ちゃんと周り見て。駅前、大混雑だろうから、人混みでぶつかったりしないように」 「うん」  ほら、これで大丈夫。 「あ、玲緒から連絡来た」 「じゃあ行かないと」 「うん」 「平気?」 「うん。っていうか駅行くだけ」  そうだけど。すぐそこだよって、いつもの飄々とした、中学生にしては少し落ち着いた表情で、伊都がショルダーバックを手に取った。 「ちょっ、伊都、そっちじゃないっ」 「え?」 「カバン、こっち」 「あ」  浴衣のセットについていた巾着を渡すと、なるほどって顔をして、そちらに折りたたみの財布と中学生になって使い始めたスマホを入れた。 「なくさないように」 「うん」  コクンと頷いて、伊都がその巾着をじっと見つめてる。浴衣にショルダーバッグで行こうとしてたのか。でも、伊都らしいといえば伊都らしいけど。  そういうところがなんというか。 「じゃあ、行ってきます」 「うん。気をつけて」  下駄も大丈夫かなぁ。 「あ、靴擦れおこすかも。絆創膏持っていく」  そう独り言を呟いて、履いたばかりの下駄をカランコロンと音を立て、玄関先に放るように脱ぐと救急箱から何枚か絆創膏を持ち出した。 「じゃあ、行ってきます」  もう一回の行ってきますを告げて。 「行って、あ! あぁ! ちょっと待って」 「?」 「二人並んでるとこ、撮らして」 「えぇ?」 「千佳志さんはいいの?」 「俺もっ」  そうだそうだ。せっかく色違いの浴衣を伊都と睦月に買ったんだから、写真撮らなくちゃ。  玄関先だけど、まぁ、いっか、と慌ててカメラを玄関の靴箱にセットして、二人を並ばせた。 「いくよー」  そこから慌てて、俺も伊都を挟むように隣に立って。 「……よし。ありがとう」  本当はもう何枚か撮りたいけれど、玲緒くん待たせると申し訳ないから。 「気をつけて。暑いから水分補給ちゃんとして」 「うん」  楽しそうとも違う、いつもの不思議そうな顔をまたしてる。けれど、不服とは違う顔で、もう一度下駄を指に引っ掛けた。今度こそ、玄関を開けると、もうすでにエアコンの効いた室内とは温度が違うのだろう。一瞬、暑さに顔をしかめてから、そのまま軽やかな下駄の音を廊下に響かせて外へと飛び出した。 「初花火大会か」 「……うん」  そうだ。去年はスイミングのレッスンもあって、そうそう、あの時は水泳の記録会だったから伊都張り切りすぎて、駅前まで行けなかったんだ。夕方からぐっすり眠ってしまって。 「去年、花火の音を……」 「あはは、そうだね」  そうそう、伊都は間違えたんだった。  ヒュー、ドオオオン。  開始を告げる大きな大きな花火の音に、わあああ! って飛び起きて、目をパチパチさせていたのを覚えてる。 「楽しんでくるよ、きっと」 「うん」  去年は三人で一緒にベランダから見てたっけ。もう少し大きなのが見たいなぁって、言ってた。俺の実家の花火大会では大きな花火を丸々眺められたから、それを言ってるんだと思う。  じゃあ、来年は会場で見ようか、なんて言ってたけれど。  その来年である今日、伊都は友達と丸ごとの花火を見るんだろう。 「あ、睦月?」 「?」 「伊都の浴衣、ありがと」 「どういたしまして」 「あと」  こうやって少しずつ、伊都は手を離れてくんだろうなぁ。 「睦月の浴衣もかっこいい」 「……」  少し寂しいけれど。 「ありがと」  少し、成長も嬉しいなって思った。  ほら。 「えへへ、記念写真」 「お、伊都、デカくなった」 「ねー、本当に」  グンとここ最近で背が伸びた伊都はあと数センチで俺と同じになってしまう。  写真を見ると、一目瞭然なその成長に顔が二人して綻んで。 「ふふ」  お互いに嬉しそうなことに微笑んでいた。

ともだちにシェアしよう!