49 / 113

うさ耳クリスマス篇 1 大人の悪戯

 びっくりした。 「うわあああああ! ちょ! 千佳志さん!」  睦月の声にもびっくりしたけれど。 「ごめ、なんか出てきたから」 「あー……いや、こっちこそ、ごめん、えらいものを見られちゃった」 「これって?」  睦月は俺の手の中にあるそれをチラッと見て、大きな溜め息を吐いて、あー、と、また唸った。真っ赤な顔を誤魔化すように前髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、ぼそっと教えてくれる。 「大学の学部でやったクリスマスパーティーの余興で使ったんです。そのちょっと前にあったハロウィンの使いまわしで。あの、決して、そういう趣味では」 「ないの?」  ふさふさした耳には針金が入っているのか、しっかりと立ち上がって、片方だけは折れ曲がっている。そういう仕様だったのか、それとも衣装ケースの中で衣類の下敷きとなり折れてしまったのか。  うさぎの……耳。 「ないですよ! っていうか、写真どっかにあるからっ」 「え? 見たい!」  そして中断された年末大掃除。俺は週末が休み。睦月は日曜は休みなことが多いけれど、その日曜は貴重な水泳の練習日でもあるから。ふたりの休みが重なることはほとんどない。それでも一緒に暮しているから普段の生活では支障はないっていうか。会えるから恋しさは募らないというか。  年末は「水泳集中レッスン! この冬で友達と差をつけよう!」ということで、三が日以外は全てコーチ業が入ってた。  だから、祝日の振り替えでコーチ業が休みになったこの週末に一緒に大掃除をしてしまおうって。少し早いけれど、そういうのが早く終わればすっきりするからって。 「ほらっ! あった!」 「どれどれ」  伊都と三人で丸一日使って大掃除に勤しんでいた。 「うわぁ、睦月だ……」  見せてくれた写真。大学の新歓コンパってことはそう年月が経っているわけじゃないはずなのに、たかが数年なのに、随分と幼く見えたのは写真の中の彼がすごくはしゃいでいるからだろうか。  カッコいいなぁ。  今よりも短い髪に、少し日焼けもしてる。一緒に肩を組んで写っている友達たちも同じく短髪に小麦色の肌をしていて、とにかく大きな口を開けて笑っていた。 「この時、皆でうさぎの耳つけて、セクシーダンス踊ったんですよ。大爆笑でした。うち体育大学だから、それこそ体育会系でしょ? ほぼ男子校のノリっていうか。こういうの」  そっか。睦月はダンスもできるんだ。水泳に踊り、そりゃ、引き締まったカッコいい身体になるよね。うん。納得した。  見てみたかったな。睦月のダンス。見惚れてしまうんだろうな。どんな学生時代をすごしていたんだろう。俺の知らない彼をほんの少しだけ覗けたのが嬉しい。 「ほぼ拒否権な……し、っていうか……」  写真を見ながら昔のことを話してくれた睦月がようやくこっちを見た。ちょっと、恥ずかしかったじゃないか。もっと早くに気がついてよ。 「ちょ、あの……ちょ」  隣でこっそり装着したうさぎの耳。カチューシャになってるから、ただ上から乗っけただけな簡単な仮装。 「そういう趣味ない睦月でも、ちょっとは萌えた? なんてね」  悪戯心で付けてみたものの、もういい年をした大人の男がやる悪戯としてはちょっとありえなかったかも。引いたかな。引いたよね。 「ちょっとって、千佳志さん……待って」  今度は俺が恥ずかしさを誤魔化すために苦笑いを零して手をカチューシャへ伸ばそうとして。そして掴まった。 「睦月? あ、えっと」  手首を握られて、真正面から見たいと手を引かれる。悪ふざけでつけたうさぎの耳を真っ直ぐ見つめられるのはさすがに耐えられなくて、視線を避けるように目を反らした。 「そういう趣味、今、持ちました」 「ぇ?」 「千佳志さん、可愛いです」 「なっ……ン」  何言ってるんだか。そう言いたかったけれど、キスで塞がれて声は出ない。言いかけた言葉は睦月の舌に奪われて、飲み込まれてしまった。 「んっ……ン」  歯をなぞられて、ぞくりとした。 「ン、ん」 「千佳志さんのうさぎ姿とか……」 「変、でしょ?」  眉をひそめて「何言ってるんです」って叱られてしまった。  そして、俺の仕掛けた馬鹿げた悪戯に興奮したと、キスで教えられる。くちゅりと唾液が混ざり合う音は、セックスの音。俺と千佳志が繋がった時に聞こえる甘い蜜の音。 「貴方が」 「あ、睦月っ、んんっ、ンくっ」 「うちの大学とか出身じゃなくてよかったって、思いました」 「ンっ」  唇が離れても、激しくて濃いキスの名残が俺たちを繋げていた。 「可愛くて、男どもが野獣になりますよ」 「な、に、言って」 「本当ですってば。こんな可愛いうさぎ。今すぐ食べたい」  睦月の瞳が艶めいて、欲を滲ませた影をまとったのを見て、下腹部が疼いてしまう。 「千佳志さん……」 「ぁ、むつ」 「お父さぁぁぁん!」  いきなり聞こえてきた声にふたりして飛び上がって、慌てて離れたところで、ギリギリセーフ。伊都が飛び込んできた。 「あ、はいはい。どうした? 伊都」 「あああああああ! なにそれ!」  しまった! って思った時にはもう遅い。俺の頭にくっついたうさぎの耳を見て、目を輝かせた。こういうとこ、親子なんだろうな。年甲斐もなく思わず従ってしまった悪戯心。伊都ももちろん被ってみたくなる。その耳を自分もしてみたいと、俺たちの目の前でぴょんぴょん跳ねている。  どうぞ、と、カチューシャを伊都の頭にしてあげると、少し緩いんだろう、手で頭を抑えながら満足そうに鏡の前に立って姿を確認していた。 「俺、うさぎさんみたい!」 「ホントだね」 「あははは。おっかしいい」 「あー、うん、ホント」  大人げもなくうさぎの耳にはしゃいでいた俺は、無邪気な伊都の何気ない言葉に、気恥ずかしさを覚えつつ、その後は、中断していた大掃除を反省の意味を込めてテキパキ進めることに務めた。

ともだちにシェアしよう!