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うさ耳クリスマス篇 3 クリスマス会のお誘い

 今年のスイミングレッスンも残りふたつになった。今年の五月に入った時には顔を水につけるのさえ大変だったのに。  綺麗に足をバタつかせ、睦月のいる位置まで泳ぎきれた伊都が見学ルームのある三階を見上げながら手を振っていた。  口の形だけで「がんばれ」って声援を送りながら手を振り返すと、嬉しそうに笑って、コーチである睦月に何かを話している。  レッスン中は睦月を目を合わせないようにしてるんだ。コーチと教え子の親が交際してて、それが同性っていうのはなかなかにスキャンダルだから。伊都も普段の睦月の様子を誰にも明かさずもったいぶってくれている。  何度か泳いで、途中、フリータイムを挟みつつ、一時間のレッスンが終わる。そろそろかなって頃になると親達が揃って下の階へ行き、子どもを迎えて、そのまま更衣室へ。 「お疲れ様ぁ、来週が今年最後のレッスンになるからねー!」  睦月の声を聞きながら、挨拶だけ交わして、視線はお互いにそっぽを向いたまま。 「伊都」 「ねぇねえ、お父さん見た?」 「見てたよ」 「すごい上手になったでしょ!」 「うん。ほら、早く着替えて髪、ちゃんと乾かさないと」  真冬、車で帰るとしたって、頭を冷やすと風邪を引かせてしまいそうで走って逃げようとする伊都を捕まえた。せっかく来週はクリスマスなんだから。 「あ、あの、すみません」  持っていたタオルで頭を少し雑に拭いていた時。 「あ、えっと」 「伊都君にはいつも仲良くしていただいている、玲緒(れお)の母です」 「こちらこそ、いつも、すみません」  声をかけてくださったお母さんの横に、伊都と同じくらいの背丈の男のがいた。玲緒君、スイミングで一番仲がいいかもしれない。きっかけは夏の集中レッスンで行った短期合宿。その時に意気投合してからずっと伊都が仲良くしてもらっている男の子だった。レッスンの間も一緒にいることがとても多くて、伊都も彼がレッスン休みの時はつまらなそうにするほど気が合っているみたいだ。 「あの、先に親御さんに伺わないとって思ったんですけれど」 「?」  次に玲緒君のママが言った言葉に、伊都がすごく目を輝かせた。 「いいの? 俺! 行ってもいいの?」 「いいよ」  車の中、はしゃいでるのは伊都ひとりなのに、まるで車内にお神輿でも乗っけてるみたいなお祭り騒ぎになっている。大喜びだ。 『来週のレッスンの後になんですけれど、クリスマス会をするんです。もし、ご迷惑でなければ、伊都君もどうかなって思って』  そう誘ってもらった。去年までは保育園だったけれど、小学校に上がると友達と放課後遊ぶ機会があったりして、学校に入るとそんなところも変わるんだ。クリスマス会にお呼ばれなんてことも。 「どうしよう! お父さん! あ! プレゼント交換するって言ってたよね!」 「そうだね」 「あ……」  そこでしまったって顔をしたってことは。 「伊都、お小遣い全部使っちゃったの?」 「……うん」 「全く」  ひと月分として百円。でもそこにお手伝いをしてくれたら、一回百円として渡している。いつの間に使ったのか。きっとお菓子だ、シールだ、と小さく使ってしまったんだろう。 「大事に使いなさいって言っただろ?」 「う、ん」  しょんぼりされてもさ。その手渡されたお金の範囲でやりくりしていくっていうのはとても大切なことだし、伊都が大人になった時に困らないためには、ここで厳しくするべきなんだろうな。親として、伊都を立派に育てるのは。 「……」  親としては、さ。 「もう! 今回だけだよ」 「!」  だって、生まれて初めて招待されたクリスマス会。素敵なお誘いをもらったのに、ここでそんな寂しそうな顔なんてさせたくないだろ?  甘いって怒られるかもしれないけれど、でも、いいよね? 麻美が生んでくれた伊都を俺ひとりが育てるわけじゃないから。睦月と一緒にだったら、きっと伊都はカッコいい男の子に成長すると思うから。 「ただし、たくさん考えて、喜ばれるものを買うこと」 「! は、はいっ!」  こんな時ばっかり「はい!」なんて返事をする伊都の頭をポンポンと撫でると、少し指先が水気を感じた。 「それと、俺、髪ちゃんと乾かしなさいって言ったよ? まだ濡れてる」 「は、はい!」  慌てて車内だからと脱いでしまったニットキャップを深くかぶって、そして嬉しそうに笑みを零してた。じっとしてると、楽しみすぎるクリスマスのことがどうしてもこみ上げてきてしまうみたいで、隣からは伊都の堪えきれない笑い声が聞こえていた。  明日、プレゼントを買いに行けばいいのかもしれないけれど、夕飯の食材を買うスーパーまでの途中に雑貨屋さんがあるからちょうどいいかなって。たとえば同僚とかへのプレゼントを買うのにはあまりに雑多すぎて不向きだけれど、子どもが楽しめる数百円のおもちゃがあったりするから、伊都達の歳の子にはちょうどいいだろうと思った。 「ここ?」 「うん。あんまり高くない物ね」 「はーい」  伊都がテテテっと軽やかに店内へと探検にでかけた。目覚まし時計もちょっと仕掛けがあったりして楽しそうだ。玩具の腕時計も、ゴムベルトのところに色々くっついてたりして、子どもが喜びそう。 「おとおおおさああああん! 見てみて」 「んー? ……っぷ」  くぐもった声に振り返ると、ゴリラのマスクをした小さな子ども。伊都だ。 「っぷはっ! びっくりした?」 「したした。でも、それ商品だからちゃんと戻しておいで」 「はーい! 他にもあったよ。馬とか、あと、怖いのもあった」 「へぇ」  ゴリラに馬に、マントヒヒ、レアだけれどナマケモノなんていうのもあって、動物のチョイスが独特で楽しい。それに、ちょっと変わり種? として、お地蔵さんもあった。  こういうの大学生が喜びそうだな。 「お父さん! これはつけてもいい?」 「見本だったらいいよ」 「やった!」  マスクがズラッと並んだ先にはクリスマスの仮装グッズ。全てパッケージに入っていてどんなものなのかわからないからと、手前にその商品の封が開いているものがぶら下がっていた。伊都はそこに飛びついて、赤に白のフェイクファーがついた帽子にヒゲまでつけて、とても小さなサンタさんに変身した。そんな自分を鏡で見ては満足そうにポーズを取っている。 「あ、これ! 睦月、ここで買ったのかな」 「んー? 何を?」  伊都が手に取ったのは、うさぎの耳をつけた下着姿の女性モデルがウインクしている『うさ耳セット』だった。名前は可愛いけれど、それ、ちょっと、ここに置いていいのかな。さっきの仏像マスクと比べたら、セクシーすぎて、R指定なんじゃない? ほら、尻尾が、素肌にくっつけられる特殊シリコン加工って、だって、裸にならないと、そんな尻尾は。 「そ、それは、違うかもね」  他にも、ちょっとセクシーなサンタ衣装。仮装っていうよりもコスプレ、になるのかな。ミニスカートに白のニーハイソックス、胸元が大胆に開いた赤い服。それを着て微笑んでポーズを取る外国人のモデルさん。 「おっぱいだー! あはは」 「ほ、ほら、伊都はプレゼントを買うんじゃなかったっけ?」 「あ、そうだった」  こっちが真っ赤になっちゃったじゃないか。無邪気な伊都は今、持っていたサンタの赤い帽子とヒゲを元の場所に戻すと、来週のクリスマスプレゼントを楽しそうに選び始めた。

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