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うさ耳クリスマス篇 4 そんな趣味、持ってます。

「え? 来週の土曜ですか?」 「うん。そうなんだって。で、プレゼント買ってきた」  伊都が選んだのは、小さなマグネット。クリスマスツリーとトナカイの引くソリに乗ったサンタのセット。とても可愛かった。これなら役に立つだろうしって、本人もすごく満足していた。 「伊都の選んだの、面白いよね。そういうの、俺はちっとも思いつかなかった。文房具かなって思ったんだけど。土曜日まであの子待てるのかなぁ。もう車の中でもおおはしゃぎでさ」  今だって早くクリスマスプレゼントを渡したくて、見てもらいたくて、自分で選んだはずなのに開けたくて仕方がないとそわそわしている。小さなギフトラッピングに頬まで染めて大事そうに両手で持って顔を綻ばせていた。 「あ、そういえば、土曜は睦月、仕事が」  毎週土曜は早番で帰りが早いんだ。だから今日みたいに、レッスン後に買い物をしたりしていると俺と伊都のほうが遅かったりする。だから、その日は……。 「はい。帰り、早いです」  その日は――。 「ねぇ、お父さん! …………ねぇ、どうかしたの? お父さん顔が真っ赤だよ?」  その日は、伊都が、いない。 「あ、睦月も……真っ赤。風邪? そしたら、俺、マスクしなくちゃ! 来週のクリスマス会のために風邪引きたくない」  睦月が口元を手で覆い隠しながら、俺を見つめてしまわないよう窓の外へと視線を向ける。俺も、そっぽを向いて、できるだけ意識しないようにって、務めて。 「よし! これで風邪菌ブロック!」  伊都が、楽しみな来週の土曜のことを考えては、マスクからはみ出るほど頬を赤らめ目を輝かせて、俺と、睦月は、できるだけ目を輝かせてしまわないよう、伏し目がちに俯いた。  そんなつもりないかもしれない。俺ひとりだけがそんなことを思ってるかもしれないだろ? もし、きょとんってされたら、恥ずかしさに蒸発してしまう。穴があったら埋まりたくなってしまう。でも――今日はクリスマス会で、伊都がいないから。  伊都は、今さっき、車で玲緒君のおうちへ送り届けた。ケーキを食べてごちそうを食べて、先週、自分で選んだプレゼントを誰かと交換して、友達とすごす初めてのクリスマスを満喫している。  車から降りる時からもうすでに楽しそうだった伊都が「あとでいっぱい話してあげるあからね」って、笑っていた。俺は、玲緒君の親御さんに挨拶をして、菓子折りを手渡し、車で一人帰宅した。  一人の家は久しぶりで、とても静かで、ただ息を飲み込んだ音でさえも聞こえてしまうほど。 「……」  あ、どうしよう。ちょっと、すごく緊張してきた。  スイミングレッスンの間、伊都の上達した泳ぎを見ながら、視界にちらつく睦月にずっとドキドキしていた。今日は、伊都達ジュニアクラスのコーチをした後、ひとつだけレッスンを担当して、夕方には帰ってこられる早番の日。笑顔が爽やかでママさん達にも好評。伊都のいるクラスの女子生徒も睦月にかまってもらいたくて、その周りを囲ってるくらい。笑顔だった。いつもと同じ笑顔だったけれど、一度も、本当に一度もこっちを見なかった。そして、時計を何度か見上げていた。俺にはそれがソワソワしているようにも見えて、気恥ずかしいけれど、胸が高鳴ったんだ。そして、何を今彼は考えているんだろうと思った。  一緒に暮らすようになって、睦月のことをたくさん知った。今日の笑顔はほんの少しだけウソをついてる笑顔だって、気がついてしまうほどには、彼のことを知っている。  だから、待ってるんだ。  え、そんなつもりはなかったんだけど、って言われてしまうかもしれない。  自分の溜め息が熱っぽい気がした。風邪の引き初めみたいに頬が熱くて、頭の芯がふわりと柔らかくなってる感じ。 「!」  玄関を開けた音がした。そして、足音がリビングを少し歩いて、鍵をキッチンカウンターにあるトレイに入れた「カチャン」って音が聞こえた。  足音は少し早い。そして。 「ただいまっ」  睦月の声と共に寝室の扉が開いた。 「……」  俺が、思ったんだ。 「……おかえりなさい」  君に抱かれたいって。 「ただいま」  だから、こんな恥ずかしい格好のまま寝室で君のことを待っていた。 「……千佳志、さん」 「っ」  その気がなかったと言われてしまう前なのに、もう蒸発してしまいそうだ。  そうたくさん君に触れられるわけじゃない。夜にこっそりふたりっきりでベッドを抜けだすことはあるけれど、でも、とても密かに音を立てずに耳をすましながらだから。君に抱かれるのはたまらなく気持ちイイのに、声をあまり出せないから。だから、こんなタイミングが突然できたら。  君に抱かれたいって思った。愛しい人の名前を呼びながら、甘い声で啼いて、気持ちイイと声でも伝えながら抱かれたいって。  寝室の扉のところに立っていた睦月はドアノブから手を離し、真っ直ぐ、ベッドの上で毛布に包まった団子のような俺を抱きかかえ、奪うようにキスをした。 「ン、んんんっ……んふっ……ん、むつ、きっ」  すぐに侵入してきた舌に自分からも舌を擦り合せて、濡れた音を立てながら。  キスの間も舌同士をとてもいやらしく絡めて、唾液が溢れるくらいの激しさで、口の中をまさぐられている。プールの塩素の匂いがほんの少しだけ服から香るのに、抱き締めたらシャンプーの香りもした。プールで水泳を教えてる時の爽やかな好青年と交わすやらしいキス。それにすごく興奮してしまう。 「千佳志さん、石鹸の香り?」 「あ、もう、シャワー、浴びた、から」 「……」  君に抱いて欲しいから、伊都を送って、帰ってきて、すぐにお風呂に行ったんだよ。 「睦月、あの、だから、洗って」 「もう、俺も、シャワー、ジムので済ませてきたんです。急いで自転車、めちゃくちゃ必死になって漕いできました」  うん。気がついたよ。 「一分一秒でも早く、貴方のこと抱きたくて、レッスン中、呆けてるわけにいかないんで、集中してたけど、でも、考えてた」 「っ」  とろりともうすでに蜜で濡れてしまう。 「それなのに、こんなのってズルいです」 「っ、ダメ?」  もう君に抱かれたいと焦れた身体は話をするのすらもどかしくて邪魔だと、声を掠れさせてしまう。 「この前、そういう趣味、持ったって、言ってたから」  やらしいキスに濡れた唇を噛みながら、待ち焦がれていた君のスウェットの胸元に、引かれやしないかとおっかなびっくりでしがみついて。  チラッと見上げた。 「喜んで、くれるかなって」  きっと今、真っ赤になってしまってる。だって、俺は今、頭に白いうさぎの耳をつけて、パジャマの上だけを着ている、おかしな格好をしているから。

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