56 / 113

うさ耳クリスマス篇 8 メリークリスマス

 今年のクリスマスはイブが日曜なんだ。 「ねぇ、千佳志さん、シャンパンもう出しちゃって平気?」 「あ、うん。お願いします」  本当ならチキンを食べるんだろうけれど、うちのクリスマスは鍋にした。伊都の食べたいものにしようって睦月と話して。  ――鍋がいい!  伊都は即答だった。三人で、鍋食べたいって。 「お父さん! くずきりいっぱい入れた?」 「入ってるよ。いつもよりも多くしといたよ。でも、ちゃんと野菜も食べてね」  やったぁ、と、おおはしゃぎで自分用のシャンメリーを運んでいる。伊都は、最近野菜をよく食べるようになった。それも睦月の影響なんだろう。彼は好き嫌いがなくてなんでも食べるから、睦月のようになりたい伊都は必然的に好き嫌いをなくさなければいけなくなる。  少し、背が伸びたかな。水泳のせいか背中の筋肉とかすごくて。クラスで背の順で並ぶと後ろのほう。リビングへと向かう背中を眺めながら、すごいなぁって思った。おかしいかもしれないけれど、あんなに小さかった伊都が、なんて感動していた。 「俺、持っていきましょうか? 鍋」 「大丈夫。来年はコンロ、買おうか」 「……そうですね」  睦月が来年って言葉を噛み締めてから、緩やかに笑いながら、深く頷いた。去年までは、鍋は実家で食べるばかりで、うちではしなかったから必要性のなかったコンロ。でも今年は頻繁に鍋にするから買ったほうが便利かな。これからだってたくさん鍋をする機会はあるだろうし。伊都もどんどん食べる量が増えるから、具を追加、追加ってしていくと思うんだ。 「お父さん! 睦月! 早く食べようよ!」 「あ、うん」  来年も、再来年も、どんどん増していくだろうから。食べる量も、伊都と睦月との思い出も、この温かさも、好きも。 「伊都、すぐに寝ちゃった」 「いっぱい食べてましたもんね」 「うん。お腹、まん丸だった」 「破裂しそうだった」 「うん」  伊都を起こさないように、控えめにこっそりとした笑い声。 「プレゼント、明日喜ぶかな」  まだ、伊都はサンタを信じてるから。そっと、寝付いた後、寝室にあらかじめ隠しておいたヘルメットを枕元に置いてきた。  そして、もうひとつ、睦月にもクリスマスプレゼントを渡そうと隠しておいた。それは枕元じゃなくて、睦月の笑った顔を見たくて、君からのキスが欲しくて、だから今、手渡したいたなぁって。 「千佳志さん」 「んー? はい、これ」 「……ぇ?」  そんな俺の目の前に差し出されたのは、緑色の包装紙に赤いリボン、クリスマスカラーのプレゼント。 「伊都と、この前、選んだんです」 「……」 「自転車に乗りたいって言った、大掃除の日」  あの日、もう夕方なのにいきなり伊都がそんなことを言い出したんだ。俺はちょっと疲れてて、でも、今までなら一人で育ててたから、疲れてようが、風邪引いてようが、そんな時に伊都を見てる人も俺一人しかいなくて、しんどいけど自分で行かないといけなかったけど。睦月が――「俺もジョギングしたいから」そう言ってくれた。  そして、伊都と二人で出かけて。俺は留守番で。  とてもありがたくて、とても気持ちが楽になった。伊都を彼と育てて、暮らしていけることがとても幸福だと感じた瞬間だった。 「伊都が、お父さんは大人だからサンタは来ないけど、いつも頑張ってるから、何かプレゼントしたらダメかなぁって相談してくれたんです。大人でも良い子にしてるお父さんへ、自分がサンタの代わりにこっそりとプレゼントを渡してあげたいって」  去年までのクリスマスパーティーは実家でやっていた。もちろん、プレゼントも子どもだけ。それを伊都は「大人のところにはサンタさんはやって来ない」と解釈していたようだ。 「今年はうちでするから、サンタさんが特別に来たってことにできないかなって」  他の大人がいないから、俺の所にだけサンタが来たことにしても大丈夫なんじゃないかと、幼い伊都なりに考えた。 「伊都は本当にすごく良い子です」  あの瞬間に感じた幸福と君が、俺にとって最高のプレゼントで、これ以上のものなんてないと思った。 「でも、そんなふうに伊都を育てた貴方も最高に素敵だと思う」 「っ」 「伊都がお父さんは寒がりだからマフラーにしようと選んだんです。ちゃんと伊都もお金出したんですよ?」 「ぇ?」 「えらいですよね」  お金って、だって、この前、クリスマス会にプレゼントを買おうとしたら、使っちゃったとだけ話してて、俺は、お菓子を買ったのに使ってしまったんだとばかり。 「伊都にはこっそり、貴方の枕元に置いておいてくれと頼まれました。サンタのふりをしないといけないからって。でも、自分は先に寝てしまうから、そのあと起きてる俺に頼んだんです。でも、貴方に伊都がなんて言ってたか伝えたかったから」  あぁ、本当に、こんなにたくさんのプレゼントをもらっていいんだろうか。 「なんで、明日の朝、ちゃんと、サンタが置いていったって、お芝居してくださいね」  溢れるほどたくさんのプレゼントをもらってしまって、零さないように、ぎゅっと両手で抱き締める。睦月ごと、全部を抱き締めて、その大きくて逞しい胸に額をこすり付けた。  伊都がいて、睦月がいて、温かい鍋を食べる、こんなクリスマス。この全部が俺にとってはプレゼントだ。 「お、れもっ、睦月にプレゼントっ、をっ」  しゃべったら、声が震えてしまう。 「なんか、バチが当たりそう」 「っ、?」  睦月の腕がきつく俺を抱き締めてくれた。苦しいくらいに、その腕に閉じ込められる。 「もらいすぎな気がする」  それは、俺のほうだよって言いたいのに、一言でも声を発したら、年上のくせに大泣きしてしまいそうで、見つめるのが精一杯。嬉しいことだらけで零れる涙なんて、君を好きになるまではそうそうないことだったのに。 「ね、嬉しかったんですよ? 俺、伊都に、うちって言ってもらえたの。今年のクリスマスはうちでするからって。そこに俺がちゃんと入ってる」  涙を拭ってくれる指先が優しくて、また、涙が零れた。 「俺の中にも、ちゃんと、睦月の居場所」 「うん。だから、幸せです」 「っ」  零れても、溢れても、君が受け止めてくれるから、たくさんでも平気。こうしてふたりでたくさん抱き締めて合ってたら、手から零れて落としてしまうことはきっと、ない。 「俺に、最高のクリスマスを、ありがとう。千佳志」 「っ俺、こそ」  貴方と、君と、過ごせるクリスマスが何より嬉しい。 「うわっ! なんだろう……大きい」  伊都の声が聞こえた。何時くらいかな。まだ少し早い気がするけれど、少し寝起きっぽい声をした伊都が小声で、けれど、とても嬉しそうに枕元にあったサンタからのプレゼントに喜んでいるのがわかる。 「なんだった? サンタからのプレゼント」 「んー……ぁ! うわぁぁ……睦月! 見てっ!」 「うん。カッコいいね」  あ、睦月も起きてるみたい。伊都に起こされたのかな。今日は……遅番だったはずだけど、伊都ってば、遅番の時は起こしちゃダメだって言ってるのに。  ふたりが小声で話しているのが聞きながら、眠いのもあって、まだ俺は狸寝入りをしたまま。 「お父さん、びっくりするかなぁ」 「きっと喜ぶよ」 「しー! 睦月! お父さんには内緒だからね! ふたりでサンタからもらえたんだって、言おうね!」  クスクスと小さく穏かな笑い声で満ちたベッド。今はまだ三人で川の字になれるけれど、窮屈になってしまう日もそう遠くないんだろう。どんどん伊都は大きくなって、そのうちさ。 「ねぇねぇ、睦月、これ、どう? カッコいい? 睦月みたい?」 「うん」 「やった!」  そのうち、伊都はサンタはいないって言うのかな。枕元にそっと置かれたプレゼントを――。  ねぇ、千佳君、いつまでサンタって信じてた? 私はあんまり信じてなくってさぁ。  彼女は好奇心旺盛な人だったから、子どもの頃、ウソ寝をして見つけてしまったんだって、心底がっかりしたんだと笑っていたっけ。  俺はそれが彼女らしいなぁって思って、笑って、答えるのを忘れてしまった。 「お父さん、喜ぶかなぁ。良い子にしててよかったって、思ってくれるかなぁ」 「……思うよ。きっと」  俺はね、今でも、信じてるよ。サンタのこと。だって、こんな幸せは、トナカイの引く星をまとったソリに長い白ヒゲのサンタなら届けてくれそうだろ? 悲しみと虚無と後悔ばかりでできていたはず涙しか持ってなかった俺に、こんな温かく幸せな嬉し涙をプレゼントしてくれたんだから。 「んー……」 「ぁ! 起きた!」  サンタが置いていってくれたプレゼントを今、両腕でしっかり抱き締めるために、さぁ、目を開けよう。 「んー、おはよ」 「!」  このベッドから溢れて零れそうなほどのプレゼントをあけて、メリークリスマスって、愛しい人に言いたいんだ。

ともだちにシェアしよう!