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バレンタインSS 7 ハッピーバレンタイン

「おとおおおさあああああん!」  翌日、キンと冷えた空気の中に伊都の元気な声が響き渡る。 「あ~あ、伊都、雪まみれだよ」 「えへへへ。あっちにめっちゃ柔らかい雪がいっぱいあった!」 「雪もうそんなに平気だから」 「待っててー!」  いや、待っていないんだけれど。  真っ赤になったトマトみたいなほっぺたの上で雪が見る見るうちに溶けて水になった。頭の上も雪だらけ。それでも雪を公園中から掻き集めてはここへ運んで、造形係の俺に後の仕事を任せて、また雪を掻き集めに行ってしまう。 「伊都のお父さん! 持ってきました!」 「あ、ありがと。玲緒君。あの、でも、もう大丈夫かな」 「えへへへ」  伊都と同じように笑って、伊都が走っていったほうへと、玲緒君も雪を集めに行ってしまった。  さすがに、かまくらは難しいと思うんだけどなぁ。  なんて思ったのに、もうほぼ完成。それだけ一晩で降ったらしくて、朝、起きて、裸のまま睦月と寝ていた俺は、その寒さに身震いしながらテレビをつけて知ったんだ。記録的積雪量となったってアナウンサーが言っていた。  そして、そのまま寒いからってベッドに引き戻されて、世界が真っ白になった朝から、もう一度、セックスをした。  朝日を浴びながら、君と繋がるのは恥ずかしいけれど、もう一度俺を抱きたいと思ってくれたのが嬉しくて、もう一度君に抱かれたいなって思っていた俺は、寝起きで少し掠れた声でたくさん甘い声をあげていた。 「……腰、平気ですか?」 「……ぁ」  今度は睦月が来た。何? どこかで三人で雪合戦でもしてきたの? 大人の睦月も頭の上に雪を乗っけてて、ちょっと、可愛いよ。 「うん、平気」  昨日はあんなに激しく、したくせに。 「千佳志さん」 「?」 「ここ、外なんで、そんな可愛い顔しないでください。かまくらの中でやらしいことをしたくなる」 「なっ!」  あはははって笑った君はこの青空にも負けないくらいに爽やかなのに。  ――千佳志。  俺の名前を囁きながら、狂おしく腰を打ち付けながら、唇まで犯してくれる。ゾクゾクするほどセクシーな男の顔してた。やらしくて官能的で、気持ち良くて、卑猥なセックスをする、愛しい人。 「あ、見て、千佳志さん」 「? んぶっ」  ひどい人。 「あははははっ! お父さんやられたー!」 「おおおお! 伊都のお父さんっ、負けっ」  君が指差したから、素直にそっちへ顔を向けたのに。 「もおおおお! 睦月っ」 「ごめんごめん! ごめんってばっ」  頭に雪なんて乗っけて。ふわふわとした粉雪だから、あまり固めていなかった雪の玉は乗っけた瞬間にほろりとほぐれ、ただ悪戯に髪が濡れた。 「待っ、うわあああ」 「おっと」  子どもみたいなことをした睦月を叱ろうとしたけれど、雪とそれとセックスの余韻でよろけてしまった。それを咄嗟に抱きかかえてくれた睦月ごと、ふわふわの雪の上に倒れ込む。 「ごめんね……?」 「……ン」  そして、青い空の下、君とキスをした。  昨日したような濃くてやらしくて卑猥なキスじゃなくて、触れて離れる挨拶みたいなキス。  たくさん、雪が積もったから、大人の足が膝くらいまで埋まってしまうところもあるほど、たくさんの雪の中だから、倒れ込んだら、一瞬くらいは雪を隠れ蓑にできてたさ。 「もう、これで頭どころか背中まで雪まみれだ」 「あははは」  だから大丈夫って笑う君に溜め息をひとつ。 「後で一緒に風呂入りましょうか。伊都と、玲緒君を連れて、近くのスパにでもこの後行って」  明るく朗らかに笑う君にいつも救われて、いつも強さをもらってる。 「睦月」 「?」 「大好きだよ」  バレンタインは一日すぎたけれど、でも、気持ちを伝えるのに、何日とか関係はないだろうから。 「あー、もう」 「睦月?」 「千佳志さんのそのギャップ攻撃、最近、ひどい」 「?」  口元を掌で覆い隠して、赤くなるのを見せないようにして照れる、睦月のクセだ。 「昨日はやらしくてエッチな人だったのに」 「!」 「今日は優しいお父さんで、そんで、包容力満点の年上の人、なんて。そんな攻撃しなくても、もう千佳志にぞっこんだから、安心してください」 「!」 「もう少し大きなかまくらにすればよかったね、千佳志」  二度目はダメなんじゃないかな。さすがに、子どももいるし、公園っていう屋外で、ふたつ目のキスは。 「うわあああっ、冷たっ」  その時だった。公園の木の枝にも繊細に降り積もった粉雪が北風に吹きつけられて、パラパラと空から雪が降っているみたいになった。小さく悲鳴をあげる伊都と玲緒君が、慌てて目を閉じて。 「睦月」  まるで天国から指で撒かれたような小さな雪の粒。すでに雪集めで冷えた唇は三つ目のキスを交わす頃にはあったかく柔らかくなっていた。 「ねぇねえ、お父さん!」 「んー? 伊都、ほら、背中泡残ってる」 「睦月と仲良くできた?」 「えっ?」 「チョコ渡せた?」  四人でたんまり雪遊びをしてから、冷え切った身体を解凍するためスパへやってきていた。 「渡せるかなぁって心配してたんだぁ。楽しかった?」 「……え?」 「睦月が言ってた。プレゼント喜んでくれるかなぁって。楽しみだなぁって。楽しかった?」  伊都の問いに他意はないのだけれど、楽しかったって訊いてるだけなんだけれど、昨夜、ひとつだけつけてもらった彼のものっていう印の辺りがくすぐったくなる。 「楽しかった、かな……うん。楽しかった」 「よかったね」  ふたりっきりのバレンタインを楽しかったって、言うのは気が引けて躊躇ってしまうところだった。 「俺も、いつか、バレンタインに大好きな人とかができてプレゼント渡したいなぁ」  日本では女の子が男の子にあげる日なんだって、言おうかどうしようか迷ったんだけれど。 「日本だとね、女の子が男子にあげるんだって、チョコあげるって言われたけど、断った」 「なんで? 伊都、チョコ好きでしょ?」 「んー、なんか。なんとなく。恥ずかしかったし。それに、うーん、わかんないやっ」  まだ伊都に恋はわからないけれど、いつか。それが日本式でも海外式でもどっちでもいい。誰かに恋をしたら。 「そっか」 「うんっ」  恋をしたら、その子のことを想って、そわそわしたりするんだろうか。  背中に残っていた泡をひとりで流した伊都が、玲緒君を連れて、露天風呂に偵察に行っていた睦月を見つけ、手を振った。 「むつきいいいい!」  いつも俺を呼ぶ時みたいに睦月を呼んで、手をブンブンと振る伊都の背が、また少し大きくなった気がした。

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