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03ヴァニタス・アッシュフィールド7歳

俺のやりたいこと、そして最高に楽しいことなんざひとつしかない。 誰にも邪魔をされず、思いっきり小説執筆に没頭することだ。 前の人生ではそれが不可能だった。 就職に失敗した俺は、アルバイトを掛け持ちして食いつなぐしかなかった。 小説を書きたかった。 思う存分書きたかった。 その衝動を抑えなければ生きていけない人生が、苦痛で苦痛で仕方なかった。 死んだら化けて出ると思っていた。 異世界転生するとは流石の俺も想像できなかったが。 だが、今の俺は貧困に苦しむキモオタではない。 超金持ちの悪役令息だ。 そして、このアッシュフィールド家には引きこもるのに最適な場所がある。 森の奥のボロ屋敷だ。 あの屋敷をリフォームして、大英雄御一行が訪れるまで物書きライフを満喫する。 我ながら完璧ではないか。 しかし……しかし、だ。 「何で俺はベッドに寝かされ自室から出してもらえないんだよ」 「記憶喪失なのだから当然じゃないですか、ヴァニタス様」 そりゃそうだ。 確かにそうだ。 7歳の子供が急に記憶喪失になったらそりゃ大人は慌てるだろう。 イイトコの坊っちゃんなら余計にさもありなん。 「スヴェン様。スピルス様がいらっしゃいました」 あ、ちなみにスヴェンってのはさっき俺が小首を傾げた時にデバフを受けなかった方の男の使用人な。 流石ゲームの世界というか、長い金髪を束ね、緑の瞳を持つ、かなりのイケメン執事だ。 いや、ちょっと待て。 今スピルスって言わなかったか? まさか、賢者スピルス・リッジウェイ!? いやいやいや、まさか、そんな。 だって、アイツ確か攻略本にイラストがあったもん。 ユスティートよりちょっと年齢高かったけど、20代みたいな外見だったぞ? ってことは、俺とそんなに年齢かわらねぇんじゃねぇの? スヴェンが扉を明けると、現れたのはやっぱり俺とそんなに年齢の変わらない子供。 紫がかった銀髪に赤みがかった紫の瞳を持つ可憐な子供が、白と紫のグラデーションに青やピンクの混じる、妖精が纏うような華やかな……しかし、若干大きめのローブをズルズルと引き摺りながら入ってきた。 「スピルス様、ご足労ありがとうございます」 「陛下の命ですから。それで、アッシュフィールド公爵の子息の様子は?」 スピルスがベッドの上の俺の様子を窺いながら、スヴェンに尋ねる。 「お身体には不調はないようです。むしろ記憶を失う前より元気な気すらします。しかし、記憶は戻りません。本人曰く、気づいたら鏡の前でぼんやりと立っていたと」 「……念のため、その鏡とやらも後で見せていただきましょうか?呪いの類である可能性も否定できません」 「ありがとうございます。ナイジェル様もそれが心配で自室に籠ってしまっていて」 息子の一大事に姿を表さない理由はそれかよクソ親父! あぁ……まぁ、ゲームでも魔物化した王に怯えて保身最優先で動いてたんだっけか。 本当にどうしようもないダメ親父だな。 まぁ、ゲームの悪役なんてそんなモンかもしれねぇけど。

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