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01地下水脈
地下水脈攻略当日。
スヴェンはいつもは下の方で控えめに束ねている長い金髪をポニーテールにして、執事服から黒主体の動きやすい軽装に着替えている。
ここ最近頻繁に屋敷を訪れてはスヴェンに剣技を叩き込まれているユスティートも、色が水色主体だが、スヴェンとお揃いの軽装だ。
スピルスはいつもの白と紫のグラデーションのローブ。
いつもなら「おい、そんな服着て行ったら汚れないか?」なんて言うところなのだが……。
「いや、これ。聖職者系が着る服じゃねぇの?司祭服だろ、これ。少なくとも地下水脈に着て行く服じゃねぇだろうが」
俺の為に用意された服がスピルスのローブの上を行ってしまったから、ヤツのローブに突っ込めなかった。
純白の司祭服に赤いストラ。
「はい、元々は聖職者用のものです。ヴァニタスの役目はゴーストやアンデッドモンスターの領域を自分の領域にすることですから、少しでも歌に聖属性を付与することができたらと思いまして」
悪びれもせず、スピルスは言う。
聖属性バフが必要なら仕方ねぇし、これから戦場に行くのにたかだか服装ひとつで文句なんて言ってられねぇが。
「似合わねぇだろ、流石に」
鏡を見ながら溜め息を吐いたのを思い出す。
重い黒髪の凶悪面が、聖職者の服を着ている。
前世で昔流行した漫画の、ジープ乗り回して銃を片手に暴れまわるヘビースモーカーの僧侶とか、そっち系?
……いや、俺あそこまで強くねぇし、カッコいいアクションも取れねぇって。
出掛ける前に庭で歌って屋敷の結界を強化する。
歌うのは前世で20年前に流行したアニメ映画の主題歌。
ビジュアル系ロックバンドが歌った『プロミスド サンクチュアリ』。
死ぬ間際のアニメ主題歌って女性の歌が多いから、20年前に遡っての男声楽曲の選出だったが、これが案外効果があった。
やっぱタイトルって大事か?
言霊とかあるもんな……いや、この世界にあるのか不明だが。
歌い終わると、「綺麗……」とユスティートが感嘆の声を漏らした。
しまった、今日はみんなに見られてたんだった。
「死ぬ……」
思わずしゃがみ込んで顔を隠す。
「大丈夫大丈夫、恥ずかしさで死ぬことはないですから」
スピルス、お前……他人事だと思って……。
「ヴァニタス様が定期的に領域魔法を展開してくださいますし、時々歌声も屋敷に響いていましたが……ラスティルの言葉ではないですよね?古語でしょうか?」
「いや。古語でもありませんし、他国の言葉でもないですよ。私もずっと気になってはいました」
あぁ……日本語だからなぁ……。
ノロノロと顔を上げて立ち上がる。
「記憶を失って鏡の前で気がつくまでの間に夢で聞いた歌だ。歌って言われて思いついて歌ってみたら案外効果があったんで、ずっとこの歌を歌っているだけだ」
前世を夢だとしたら、こんな説明になるだろう。
実際は神秘的でも何でもなく、カラオケに行けば誰でも歌える歌なんだが。
前世じゃ俺と同世代はだいたい知ってる歌だし。
「歌はともかく……これで俺が死なない限り、この屋敷は安全だ。でも万が一ということもある。気をつけてくれ、マチルダ」
屋敷に一人残す彼女が心配だが、マチルダは笑顔を浮かべた。
「私はヴァニタス様と皆様のお力を信頼しています。必ず無事にご帰還なさると信じて、ご馳走を作っておきますからね」
「君は……強いな、マチルダ」
俺は、ヴァニタスは、本当に善き人たちに恵まれている。
屋敷の裏に固く封印された大きな井戸がある。
顔を真っ赤にしながらも、再び俺が歌ってスピルスにバフをかけ、スピルスが封印を解除する。
確かに、もう恥ずかしいとか人前で歌っていられないとか言ってる段階じゃねぇな。
封印が解かれると、禍々しい瘴気が溢れ出す。
即座に領域魔法を展開して、瘴気が屋敷に流れ込むのを防いだ。
「これで俺が死なない限り、屋敷に瘴気もモンスターも侵入出来ない」
「わかりました。ヴァニタス様は必ずお守りします。私が先陣を切ります。ユスティート、続いて君が井戸を降りろ」
「はい、師匠」
スヴェンとユスティートの師弟コンビが井戸を降り、続いて俺、殿をスピルスが引き受けてくれた。
「悪りぃ。本来であれば賢者であるお前を最優先で守るべきなんだがな」
「麗人をお守りできるのは、男として本望ですよ。さぁ、降りた降りた」
いや、可憐なのは俺よりむしろお前なんだがな。
……最近時々、スピルスの言葉の意味がわかんねぇよ、俺。
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