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02残響に迷う夢の果てに

「あ、い、つ、はぁああああ!!」 屋敷にヴァニタスの声が響いた。 外は土砂降りの雨。 何となくヴァニタスの絶叫の原因に見当がついた。 「ヴァニタス……スライムは水が好きなんだよー。半分水生生物みたいなものだし。雨の中に飛び出しても風邪引いたりしないよー」 「そ、そうだけど……」 セオドアとの決闘の日にメモリアに渡され、ヴァニタスが飼い始めたスライム。 雨が好きらしく、雨が降ると途端に窓から飛び降り、外に飛び出してしまうのだ。 「でも、夜だぞ。あいつ何気に賢いし、屋敷の外には出ないと思うけど……やっぱり探しに……」 「大丈夫だよ。それに、ヴァニタスこそ風邪引いたら大変でしょ? スピルスとの会談が待っているんだからー」 「う……」 ヴァニタスは7日後にスピルスとの会談が控えている。 午前中に俺立ち会いの元、スピルスと2人で会談。 その後、セオドアとスヴェン、シルヴェスターを交えての会談だ。 流石に現国王のユスティートはこの非公式の会談には参加出来ず、かなり悔しがっていたらしい。 つまりヴァニタスは今、スライムなんぞを追いかけて雨の中走り回り、びしょ濡れになって風邪を引きでもしたら一大事なのだ。 ラスティル王国の存亡に関わる。 「スライムは俺が探してきてあげるから」 「いや、でも……」 ヴァニタスが何故躊躇うのかはわかる。 あのスライム、やたら元気で人懐っこく、そして落ち着きがないのだが、俺にだけは懐かないのだ。 というか、むしろあからさまに俺を避けている。 マチルダや、あのセオドアにさえも積極的に甘えにいくのに、俺の姿を見るや脱兎のごとく逃げるのだ。 スライムを脱兎と表現するのが正しいのか否かはとりあえず置いておく。 「だからこそ、だよ。今日こそあいつを捕まえてやる……ふふ、ふふふ」 俺の言葉にヴァニタスは真っ青になって固まった。 そして錬金術で作った傘という雨避けの道具を俺に差し出す。 「こ、殺さないでね……」 あれ? 俺ってそんなに怖い顔してた? 真っ暗な闇。 土砂降りの雨。 旅をしている間は何度か経験したが、ヴァニタスの屋敷に住み始めてからはこんな状況下で外出することはなくなった。 「そろそろ、旅に出る準備や心構えをするべきかなぁ」 勇者や英雄なんてガラではないけど、友人や親しくなった人たちを守りたいとは思うのだ。 この屋敷で出会った……。 「親友と、親友の大切な人たちを守りたい……か」 「誰だ!!」 夜の闇に包まれた土砂降りの庭園に、一人の男が立っていた。 年齢は20代後半から30代前半。 黒髪黒目の長身の男が土砂降りの雨に濡れて微笑んでいる。 驚いたのは、その服装だ。 「ヴァニタス……いや、赤津孝憲と似た……」 長身の男は、ヴァニタスの前世だという赤津孝憲に似た服装をしていた。 この世界の服装ではあり得ない。 「うん。この世界の服装ではないよ。ヴァニタスくんの前世は赤津孝憲さんって言うのか……うん、全く同じ世界ではないかもだけど、お兄さんはその赤津さんがいた世界に似た世界で死んで、この世界に転生した転生者だよ」 心を読まれている!? まさか……アリスの一族のこの俺が!? 思わず男を睨むと、男はニヤッと笑い……。 「でも、『アルビオンズ・プレッジ』は知ってる。お兄さんの世界にもあったから。ねぇ、英雄アルビオンくん」 男の右腕が透明になり、消える。 「なっ……!」 「英雄の力を見せてよ」 男が消えた腕を振りかぶる。 慌てて剣を抜き、払いのけた。 土砂降りの雨の中、確かに響いた金属音。 …………金属? 俺は男を視る。 男の姿に重なって見えるのは…………。 「…………なん、だと?」 「あ、バレた? うん、まぁ、バレると思ったからずっと君を避けてたし、今日此処で君を待ってたんだけどね」 男が人懐っこい笑みを浮かべると、たちまち奴の右腕は元に戻った。 男は右腕を上げたり下ろしたり、拳を握ったり開いたりしながら、俺を見る。 「仕掛けといて何だけど、お兄さんにはアルビオンくんを攻撃するつもりはないよ。もちろんヴァニタスくんや彼の大切な人たちを傷つけるつもりはない。だからね……」 男は笑顔を浮かべながら片目をパチリと閉じた。 「会談まで、お兄さんの正体をヴァニタスくんたちには黙っておいて欲しいなって。それを伝えたくて君を待っていたんだ。お願い。お兄さんは“弟”たちを助けたいだけなんだ。悪意がないのは君にはわかるよね?」 悪意はない。 確かに目の前の男に悪意はないのだが……。 「悪意はなくても、得体は知れないよね。あと胡散臭い」 「酷い!! お兄さん泣いちゃうから!!」 土砂降りの雨の中、泣き真似をする男に完全に毒気を抜かれてしまった。 まぁ、最悪……俺とヴァニタス、セオドアの3人でかかれば撃退は出来るだろう。 俺は溜め息を吐きながら剣を収めた。 「会談までだから。会談が終わったら、お前の正体をヴァニタスにキッチリ伝えるよ」 「うん、それでいいよ。ありがとう、アルビオンくん」 男はふにゃりとこちらの警戒心を消し去る笑みを浮かべるのだが……やっぱり胡散臭い。 「あー、もう。俺まで頭と胃が痛くなってきたよー」 会談は、もしかしたら想定以上に波乱に満ちたものになるのかもしれない。

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