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01会談−午前−
会談当日。
俺は念入りに鏡を覗き込んだ。
「生前、もっとファッションの勉強をしておくべきだったな……」
生前は鏡を見るのも嫌だったから、手入れは寝癖を整える程度だった。
こんなにも長く髪を伸ばしたこともない。
「いや、久しぶりにスピルスに会うから、か。……こんなに髪型が気になるのも」
あれこれ髪をいじくり回して、結局いつものハーフアップにする。
鏡に映る自分が、緊張しているのが分かる。
スピルスに会えない間、彼への想いを痛感した。
だが、今回の会談は想い人と顔を合わせるだけでは終わらない。
スピルスの真意を聞き出さなくてはならない。
彼が魔王側の人間であれば、説得しなければならない。
言わば俺は、ラスティル王国全国民の命運を背に、スピルスとの会談に臨まなければならない。
鏡に手をついて、ハーッと深い溜め息を吐くと、尻にポヨヨンとした感触。
「お、ま、え、は~~~!! どこまでシリアスブレイカーなんだコラッ!!」
スライムは“何を言っているのかさっぱりわかりません”と訴えるかのごとく、ポヨンポヨンと跳び跳ねた後、いつものように俺の司祭服の中に入ってきた。
「おいコラ!! 今日はダメだ!! 今日は暇じゃねぇんだ!! お前の遊びにつき合ってやれねぇんだ!! おい!!」
捕まえて引っ張り出そうとしても、粘液状のスライムの身体はスルスルと、俺の身体を這って逃げる。
小一時間、服の中のスライムと格闘した後……俺は諦めて再度衣服と髪を整えた。
「お前、絶対これマチルダにはやるなよ。女性にこれやったらスライムでも犯罪だからな」
“了解!! 任せろ!!”と言わんばかりに、スライムは俺の身体にポヨンポヨン身体をぶつける。
こいつ、本当にわかってるのかわかってねぇのか。
「まぁ……お前が一緒の方が肩の力を抜いて会談に臨めるのかもしれねぇな」
俺は服越しにスライムの身体を撫でる。
セオドアやアルビオンには甘いと言われそうだが。
ふと、結界に何かが触れるのを感じた。
シルヴェスターとスピルスだ。
俺はスライムを服に入れたまま、ゆっくりと部屋を出て、階下に降りる。
走り出し、スピルスに抱きつきたい衝動半分。
全てを捨ててでも逃げ出したい恐怖半分。
立ち止まって溜め息を吐くと“はよ行け!”と言わんばかりにスライムが背中をポヨンポヨン叩いた。
お前は本当にシリアスを容赦なくぶち壊すなぁ。
階段を降りると、まず濃紺の髪の長身の男が目に入った。
「兄上……」
「久しぶりだな、シルヴェスター。手紙読んだよ。お前の気持ち、よくわかった。今まで兄らしいことを何もしてやれなくてすまなかった」
「兄上……私こそ…………」
「お前の境遇なら、俺や母さんを恨んで当然だ。俺とお前の立場が逆なら、俺もお前を恨んだだろう。だからこそ、お前から歩み寄ってくれて俺は嬉しかった。ありがとな、シルヴェスター。あと、これからはお互い敬語はナシな」
「はいっ!! あ、いえ……あぁ、わかった」
素直なシルヴェスターに、俺は微笑む。
だが、その背後に佇むローブの青年の姿を見た途端、俺は表情を強張らせた。
「スピルス……」
「久しぶり、ヴァニタス」
紫がかった柔らかな銀髪。
赤みがかった紫の瞳。
白と紫のグラデーションに、青やピンクの混じる、妖精が纏う為に作られたのかのような華やかなローブ。
美少女めいた中性的な顔立ち。
少し低めの身長。
俺はゴクリと息を飲んだ。
再会を待ち望んでいた、同時に真実を知るのを恐れていた相手。
スピルス・リッジウェイがそこに居た。
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