73 / 112
01巣立ち
引っ越しが決まった。
俺はラスティル王国の守護者として王宮に住むことになった。
でも、どうやらそれだけではないらしい。
セオドアの従甥の俺は悪魔憑きとして幽閉される前はセオドアの養子候補の筆頭に上がっていたらしい。
結局ユスティートが養子となり、王位を継承したが、ユスティートと将来の彼の妻の間に子が生まれない限り、俺が王位継承者となる可能性も残るらしい。
まじか。
スピルスへの恋心を自覚しちまった今、王位継承者になるのは極力避けたい。
ま、ユスティートを守れという事だな。
勿論、そういうあれやこれやを抜きにしてもユスティートは全力で守るが。
離れ屋敷にはマドリーンが住む事になった。
監視役としてシルヴェスター。
そして、マチルダとアルビオンは使用人として残るらしい。
「流石に俺が城に行くのは無理な気がするし、城って俺の性に合わない気がするんだよねー」
「この屋敷の仕組みやヴァニタス様の領域魔法を理解している使用人が残った方が、屋敷や領域の維持管理の為にも良いとセオドア様やスピルス様に言われまして……」
いつかまた旅に出るだろうアルビオンはともかく、幼少期から母のように姉のように慕ってきたマチルダと離れるのは正直痛い。
でも、離れ屋敷は既に俺の領域下だ。
それに俺自身なら何処にいてもどんな状況下でも、メモリアのいる地下の湖に設置した魔法陣に転移できる。
気軽に帰ることができるのだ。
そう言って、己を必死に納得させている。
意外なのは柚希で、俺について城に行くと言い出した。
「そろそろ、お兄さんがヴァニタス君やラスティル王国に肩入れしてる事、あの子に気づかれてもおかしくないと思うんだよね」
「森野響哉か?」
「あー、うん。覚えてたか……」
『お兄さんの名前は柚希颯志。みんなのお兄さん且つ森野響哉君のお兄さん。マドリーンちゃん。森野響哉君からはお兄さんを見つけ次第送り返せっていう命令が出てる筈だけど? お兄さんを切ってもいいの?』
マドリーンに対して、柚希は確かにこう言った。
森野響哉。
『空白の憤怒事件』の犯人。
当時中学生だった少年だ。
世俗に疎かった俺でも流石に知っている。
事件の発端は森野響哉の友人、吉住優がサッカー部の部員たちによる虐めで殺された事件だ。
森野響哉はサッカー部員や顧問、そして吉住の両親と自身の担任教師を吉住優が殺された体育倉庫に閉じ込めた。
そして、小麦粉による粉塵爆発で自身もろとも体育倉庫を木っ端微塵にした。
森野も含めて、閉じ込められた人間は全員死亡した。
何故この事件が有名なのかと言うと、犯人の森野響哉が当時まだ中学生だった事に加えて、森野響哉が事件の一部始終を動画で撮影し、ネットで実名を公表した上で生配信したからだ。
後にこの事件を調べたジャーナリスト兼ノンフィクションライターの著書名から、この事件は通称『空白の憤怒事件』と呼ばれている。
「森野響哉が魔王なら……正直納得だわ」
「響哉君は悪い子じゃないんだよ。それに、あの事件は大人が響哉君と優君に手を差し伸べなければいけなかった事件だから」
著書『空白の憤怒』にも、「この世界は君たちが思っているより、ずっとずっと優しいから」と記されていた。
「柚希は優しいんだな。『空白の憤怒』の著者みたいだ」
あの著者も、文面から優しさが滲み出ていた。
著者名は覚えていないのだけれど。
「お兄さんがこう言うのは、お兄さんも響哉君と同じか、それ以上にやばい事をやらかしてるからかもしれないよ」
「そんな……まさか……」
「さぁ、どうだろうねぇ……」
柚希はクスクスと笑う。
「まぁ、それは置いておいて。響哉君は悪い子じゃない。悪い子じゃないんだけど……」
「悪い子じゃないんだけど?」
「……お兄さんがヴァニタス君やラスティル王国に肩入れしている事に気づいたら激怒しそうだし、お兄さんを裏切り者だと怒るだけならまだいいけど、ヴァニタス君やラスティル王国に怒りを向けそうな気もするから、なるべくヴァニタス君の近くにいて君を守りたいんだ」
それは十分悪い子だろう。
ともだちにシェアしよう!