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レトロスペクト
「ライラ」
「はい、魔王様」
「アレクシス・ピンコットにヴァニタス・アッシュフィールドが殺せると思うか?」
ライラは首を横に振った。
「難しいでしょう。ヴァニタス・アッシュフィールドの傍にはユズキ様がいらっしゃいます」
「…………だよなぁ」
俺は真っ暗になった鏡を指先で軽く弾いた。
ヴァニタス・アッシュフィールドが孤立していれば何とかなったかもしれない。
何しろ奴は世間知らずのお人好しだ。
懐に入るのは容易い。
だが、今のヴァニタス・アッシュフィールドには柚希さんがついている。
柚希さんは敵に回ると厄介だ。
特に、感情的なアレクシス・ピンコットにとって柚希さんは天敵だろう。
「柚希さん。やはり貴方にはお仕置きが必要だ」
しかし、簡単にはいかないだろう。
アレクシス・ピンコットが潰れれば、ラスティル王国の手駒は全て消える。
「“レトロスペクト”を使うか」
「“レトロスペクト”ですか? しかし、アレはまだ試薬品の段階で……」
「だから治験が必要だろう」
“レトロスペクト”と名づけた薬。
前世を思い出す薬だ。
まだ試薬の段階で、量もそんなに多くはない。
だが、上手くいけば既にヴァニタス・アッシュフィールドが心を許している相手に強制的に前世を思い出させることができる。
奴が既に心を許している相手であれば、結界も機能しない。
柚希さんも混乱するだろう。
「しかし、飲ませた相手の前世がどのようなものかは飲ませるまでわかりません。マドリーン・アッシュフィールドのように前世が猫という可能性もあります」
最早ソシャゲのガチャだよな。
そう思うと笑えてくる。
「それを踏まえての実験でもある。何れ大量に作って世界にばら撒く為にも」
世界中にばら撒いて、全ての人間と魔物に飲ませる。
もしかしたら、優の転生者が見つかるかもしれない。
しかし、それには治験が必要だ。
優の転生者が見つかったが、薬の副作用で死亡したなんて笑い話にもならない。
「侵入するとしたら王宮でしょうか?」
「いや、アッシュフィールド家の離れ屋敷に侵入しろ。標的はアルビオン、シルヴェスター・アッシュフィールド、マチルダ・オーウェルの3人だ」
試薬の量が少ない。
それに、手薄なのは王宮よりも離れ屋敷だ。
「畏まりました。ひとまずヴァニタス・アッシュフィールドに接触。好感を得てから侍女として離れ屋敷に潜入します」
「頼んだ」
彼女は優秀な副官だ。
彼女が抜けるのは痛い。
だが、ヴァニタス・アッシュフィールドと柚希さんを放ってはおけない。
早急に手を打たねば。
「王女の件はどう致しますか?」
「そちらは放置でいい。正直期待はしていない」
王女が優秀であれば次なるラスティル王国の手駒として考える、が……。
……ガチャに期待した方が良さそうだ。
ライラが消える。
「さて、ラスティル王国はどうなるか…………」
俺はまた黒い鏡を指先で軽く弾いた。
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