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平行線
「アルビオン」
返事はない。
「天塚」
前世の姓で呼ぶと、ようやく彼が振り向いた。
「どうした、乙村」
彼が俺を抱き締める。
「どうした? 不安なのか? 大丈夫だ。巻き込んでしまった責任は俺が取る。ヴァニタスを殺して、俺がお前を幸せにする」
「俺はシルヴェスター・アッシュフィールドで、ヴァニタス・アッシュフィールドは俺の兄上だ。兄上が死んで……しかもその原因がお前なんて、幸せになれる筈がないじゃないか」
「乙村、違う。奴はお前の兄なんかじゃない。俺とお前、そして綾乃を不幸のドン底に叩き落とした悪魔だ。奴にはその報いを受けさせねばならない」
「…………」
「大丈夫だ、乙村。前世ではお前の命を奪ってしまったが、今世では必ずお前を守る。お前を幸せにする。その為なら、創造主だって魔王だって消してやる」
アルビオンの目は、完全に前世に向いてしまっている。
どうしたらいいのか……。
「憂鬱そうね」
アルビオンが攫ったロータリア王国のウィリディシア王女。
「食事をお持ちしました」
「貴方はちゃんと食べてるの?」
「あまり……」
「…………でしょうね」
ウィリディシア王女は溜息を吐きながら、パンにかぶりつく。
俺が目を瞠ると、ウィリディシア王女はクスクスと笑った。
「貴方はいつも驚くわよね。王女らしくないって言いたいんでしょ?」
「貴方も前世の記憶をお持ちと聞きました」
「そうね。だから男は嫌い。乱暴な男は特に嫌い」
「…………申し訳ございません、手荒な真似をして」
そうね……と、またウィリディシア王女は溜息を吐く。
「でもお蔭で、前世の記憶に引き摺られるのは恐ろしくて悲しいことだと痛感したわ」
「悲しいこと?」
ウィリディシア王女は大きな瞳で俺をしっかりと見据えた。
「貴方とアルビオン、会話がすれ違っているんだもの。アルビオンは前世の目線で貴方に語りかけてる。貴方は今世の目線でアルビオンに語りかけてる。だから完全に平行線。そして最終的に、折れているのは貴方」
「…………」
「正直、疲れてるでしょ?」
その通りだと思った。
俺は正直、アルビオン……隆斗との会話に疲れてしまっている。
そしてそんな俺の内心を見抜いた彼女の洞察力に、また驚く。
「貴女は、想像以上に聡明な女性です。ラスティル王国の国民として、貴女に王妃になっていただけるのはとても光栄なことだと思います」
「王妃に……無事なれたらいいのだけど……」
再度の、溜息。
「でも……そう。貴方は前世を思い出してもあくまでもシルヴェスター・アッシュフィールドなのよ。話に聞く限り、貴方も前世で相当酷い目にあってる筈なんだけど……どうして?」
ウィリディシア王女の問い掛けに、俺はいつの間にか笑顔を浮かべていた。
「今が、尊いのです」
「尊い?」
「兄上と出会って、アルビオンと出会って。母上と和解して、父上の態度も軟化してきて……こんな今が、尊いのです」
「…………」
「例え前世で酷い目にあっても、その前世が物語の中の世界で、俺を酷い目に合わせた作者が実在したとしても、今この時を迎える為にそれらがあったのなら、悪くないんじゃないかな……と、俺はそう思えるんです」
気づけばウィリディシア王女も、いつの間にか俺に笑みを向けてくれた。
「貴方はとても、しっかり地に足つけて生きているというか……尊敬するわ」
「ありがとうございます」
「…………彼、アルビオンも、その事に気づけたらいいのに」
俺は、どうしたらアルビオンを救えるのだろう。
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