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第231話 バー高任

 ドアを開けて円城寺が入ってきた。顔に傷なんかある無駄に怖い顔の連れが二人。コケオドシが得意なんだろう。 「いらっしゃい。あ、円城寺さん。」 礼於が固まっている。傑が耳元で囁く。 「大丈夫だよ。」 「なんか、美味いウヰスキーがあるんだろ。 ウチのレオンがサーブするなら、どんな酒も美味いだろう。ボトルで出してくれ。一番、高いやつ、な。」 相変わらず品がない。 「ブレンディッド・ウヰスキーでいいですか? ジョニー・ウォーカーのブルーがありますけど。 あとは、ロイヤル・サルートと、ヴァランタイン30年、もありますよ。値段ではなくお好みでどうぞ。」  ホストクラブでは専ら高い酒と言えばシャンパンかワインか、といったところだろう。原価の数十倍の値段が付くはずだ。最悪なのはピンドンのロマコン割り、というシロモノだ。 バブル景気の頃、出されていたという、ドンペリニヨンのロゼを、ロマネコンティで割った物だという。希少価値のある、今では、150万円でも手に入りにくいワインをシャンパーニュで割るなどとは、神をも恐れぬ所業である。値段の事ではない。その価値のある酒なのだ。  そんな拝金主義の円城寺に、高い酒を出せ,と言われても、提供するのは気が進まない。  バー高任、は良心的な値段体系だが、何しろ希少価値のある酒ばかりで、原価でもかなり高価なものが多い。  ヴァランタインも30年ものなら、原価が十万円近くする。最近はジャパニーズウヰスキーも人気で品薄な上、値が吊り上がっている。山崎、なども25年、は幻だ。その年数だけ熟成されて、のラベリングだから、樽が空になったら、すぐには出来上がらない。20年,30年、当たり前に時間がかかる。傑は、スコットランド、アイラ島の小さい蒸溜所の、手仕事の温もりが伝わってくるシングルモルトを愛している。  円城寺には伝わらないだろう。不穏な空気が漂い始めた。

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