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第6話

それから三人でテーブルを囲んで、少し遅い夕食が始まった。相変わらず真中は凪の隣に座って、ちょっかいを出してはひどく嫌がられている。それを見ながら、そういうコミュニケーションの形だと思えば、まぁこれはこれでいいのかもしれないと波多野はひとりで思う。もう少し仲良くしてほしいような気もするし、多分凪がもう少し小さい頃は、ふたりもそんな風ではなかったような気がするけれど。 「そうだ、凪」 「なに?」 「今日、学校行ってないでしょ、具合でも悪かった?」 お寿司を次から次への口に入れている凪の様子を見ていると、そんなことはあるわけないと分かっていたけれど、波多野は一応そう言っておいた。凪の逃げ道も残しておかなければと思っていたこともあって。凪はさっと表情を曇らせると、また不貞腐れたようになって唇を尖らせた。 「あー・・・うん、別にいいじゃん」 「よくないよ、凪、ちゃんと学校には行かないと。それに陽毬ちゃんには連絡した?」 「分かってるよ、それに陽毬には昨日弓弦さんが連絡してたからいいじゃん」 「ダメだよ、自分でちゃんと言わないと」 少しだけ俯くようになった凪は、波多野の言葉を嫌がるみたいに、後頭部をがりがりかいてぱっと顔を上げた。 「もー、弓弦さん煩い!別にいいじゃん、子どもじゃないんだから!」 そうして空いている右手で拳を作って、どんとテーブルを叩いた。別に大声を出されたわけでもないし、凪の言葉がひどく波多野の内面を抉ったわけでもないけれど、何となくそうして凪が拒絶しようとすると、波多野はそれ以上踏み込めない。いつも二の足を踏んで、曖昧なところに留まってしまっているような気がした。証拠に、凪にそう言われてしまったら、それ以上何を言ったらいいのか、分からなかった。 「お前、まだ高校生だろ」 すると黙って二人の様子を見ていた真中が、急に口を割って波多野は反射的に真中に視線を移す。凪も不貞腐れた表情のままゆっくりと真中のほうを見やった。 「高校生はまだ子どもだろ、大人しく大人のいうこと聞いとけ」 「な、んだよ、その言い方・・・!」 「何焦ってんのか知らねぇけど、そんなに焦って大人になっても良いことねぇぞ」 言いながら真中は、隣に座っている凪の頭をぽんぽんと軽く撫でた。ぱっと瞬時に凪がその腕を嫌がるようにしたけれど、もう真中の手は凪から完全に離れた後だった。そうやってちゃんと凪を諭すことのできる真中のことを、波多野は羨ましいと思って見ている。自分はきっとそんな風に上手く、強く振舞うことができない。凪に限って言えば。波多野は黙り込む凪のことを見ていたが、ぱっと立ち上がってキッチンに向かった。こんな時にどんな言葉がふさわしいのか、波多野には分らない。 「凪、ジュースでも入れようか?」 「・・・いい、いらない」 「あ、そう。お茶がいい?」 「別にそれも」 不機嫌そうな凪の声が背中に当たって弾ける。 「あ、じゃあ俺ビール!」 一体それに何と答えたらいいのか、波多野が困っていると、急に真中のテンションの高い声が飛び込んでくる。思わずぱっと振り返ると、真中は片手をあげてそこでにっこりと笑っていた。 「え、飲むの?車は?」 「代行使って帰るからへいきー、あ、ユヅが泊めてくれてもいいけど」 「ぜってーヤダ、帰れよ」 不貞腐れた顔のまま言いながら凪が、机の下で真中の足を蹴る。真中はそれに大袈裟に痛がって、凪と同じ次元でやり返している。波多野はそれを見ながら少しだけ溜め息を吐いて、冷蔵庫からビールの缶を取り出した。それをカウンターに置くと勝手に真中がそれを取りあげる。食器棚から背の高いグラスを出して、そこに置くとそれもさっと真中は取って、グラスに手酌でビールを注いでいく。 「弓弦さん、俺もビール飲む」 それを見ていた凪は、波多野のほうを見ずに、そう言った。波多野は自分のために出したビールの缶を、どうしようか一瞬迷った。 「はぁ?お前未成年じゃん?大人しくジュースもらっとけ」 「そうやって何でもかんでも子ども扱いすんなよ!もう大人なんだよ、ビールくらい飲める!」 凪がまた大きな声を出して、波多野はどうしようかと内心焦ったけれど、隣でビールを飲んでいる真中の表情はいつも通りだった。 「なぁ凪」 「俺らはお前が赤ん坊のころからお前のことを知ってる」 「陽毬は確かにいい母親じゃないかもしれないが、それでもあいつはそれなりにやってんだろ、お前だって、本当はそれを知ってるくせに」 そうして真中が静かに話し始めたことを、凪は今までの勢いを自分の中で押し留めるみたいにしながら、そこに立っていて、それ以上のことが何もできないみたいだった。何となく真中の口調から、真中がふざけているのか、真剣な話をしようとしているのか、それを簡単に読み取ってしまうからなのだろう。考えながら波多野は、ビールの缶をもってキッチンにひとりで立ち竦んでいた。まるでその時の凪と同じように、その時の波多野はそれ以上のことができないみたいだった。 「陽毬のことは関係ないだろ・・・」 「関係あるだろ、あいつはお前の母親なんだぞ」 「・・・」 「陽毬やユヅのことを困らせるのは止めろ、大人なら尚更」 言いながら真中はもう一度、立ったままの凪の頭をぽんと撫でた。凪は目の周りを赤くすると一瞬俯いて、それからすぐにぱっと顔を上げた。 「関係ねーくせに、偉そうにすんのやめろ!」 そうして凪は身を翻して、真中にも波多野にも背を向けた。 「・・・凪!」 波多野はその背中に呼び掛けたけれど、凪は止まらずにそのままリビングの扉を乱暴に開けると出て行ってしまった。

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