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第16話

朝比奈少尉は義三郎への頼みを遺言として生前遺していた。 『私に万一の事あらば千夜伍長を私の弟のそばにいられるよう計らって欲しい』 その願いは義三郎が負傷し、兵士としての仕事が出来なくなった事により叶えられる事になった。 士官学校の教官という仕事が新たに与えられる事になった義三郎は、朝比奈少尉の遺骨と共に少尉の弟の待つ街へ帰還した。 「綺麗な海ですね」 腕に抱いた箱に向かって義三郎は話しかける。 士官学校に入らず軍に直接入隊した義三郎にとって、少尉の故郷は初めて訪れる場所だった。 自分の故郷にも海はあるものの、いつも波が高く荒々しい海で、今目の前に広がる海は穏やかで太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。 「貴方みたいだ」 不自由になった左脚を引き摺りながら、海の見える丘に座って一休みする。 火葬する時も、箱に納める時も、同席する事を許された義三郎は涙ひとつ零さなかった。 悲しんでいる時などない、これからは少尉に代わって弟君を守っていかなければならない、と思ったからだ。 「寄り道してしまって申し訳ございません。今向かいますので」 荷物と小さくなってしまった少尉とを抱えて目的地まで再び歩きだす。 もらった地図を頼りに歩く事1時間。 そこには『朝比奈』の表札のかけられた大きな屋敷があった。

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