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第17話

「お待ちしておりました、千夜殿」 すぐに中に通され、使用人だという年配の男から挨拶される。 林と名乗った男は少尉の祖父の代からこの家で働いていて、少尉の事も子供の頃から知っていると義三郎に話した。 「晋坊っちゃまと共にご帰還頂き、まことにありがとうございます」 「いえ、おれはそんな……」 その後、義三郎は少尉が使っていたという1階の部屋を案内され、ここを使うように言われた。 「お困り事がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」 屋敷には林の他に妻と娘が使用人として働いていた。 3人は住み込みらしく、2階に部屋があると義三郎に言った。 その後、林に屋敷の案内をしてもらっていると、玄関の方から足音が聞こえてきた。 「林、その方が千夜さまですか?」 「……!!!」 少尉よりも更に高めで、まだ声変わりが終わっていない印象の声。 黒く輝く大きな瞳と美しい浅黒い肌、整った顔立ちは少尉そのままで、義三郎は内心驚いていた。 「初めまして、朝比奈勇と申します。どうぞよろしくお願いいたします」 (少尉殿……) 笑顔の勇に、義三郎は少尉の姿を重ねてしまっていた。 「千夜義三郎と申します。貴方の兄君にお仕えしておりました。この度は大変申し訳ございませんでした」 謝って済むことではない。 分かっていたが、言わずにはいられなかった。 義三郎は勇にこう言った後、その場で土下座をしていた。 「お顔を上げてください。あなた様の所為ではありません。兄さまもあなた様の悲しきお顔など見たくないと思いますよ」 「…………」 そうだ。 悲しんでいてはいけない。 少尉に代わってこの方を支えていかねばならないのだから。 自分に向けて伸ばしてくれた少年の華奢な手に、義三郎は応えた。 「千夜さまの手、兄さまよりも大きくて温かいです。それにとても白くて美しい……」 勇はこう言って、自分の頬に義三郎の手を近づけ、頬擦りする。 「…………」 目を閉じた顔が朝比奈少尉の姿と重なって、義三郎の心を揺さぶった。 (ちがう、この御方は違う……) 『こうしてお前の肌と触れ合うている時が一番心が安らぐ……』 最期の夜、夜明け前まで求めあい、互いの身体に逢瀬の証を刻みあった。 『お前に出逢えて良かった』 義三郎の手を取り、頬擦りをして、接吻した朝比奈少尉の姿が脳裏に浮かんでしまい、義三郎は思わず手を引っ込めてしまった。 「も、申し訳ございません……」 その、一瞬。 義三郎を見た勇の瞳は冷たく、悲しそうに見えた。 「謝らないで下さい。千夜さまが清い御方という事は兄さまからのお手紙で存じ上げておりますから」 勇は義三郎から離れると、勉強をすると言って部屋の奥に向かって歩いていった。 「士官学校を目指すと仰っておりました」 細い背中が見えなくなると、林がぽつりと言った。 「晋坊っちゃまのように御国の為に尽くしたい、だから士官学校に入るとお決めになられて、晋坊っちゃまのお部屋から本をお持ちになられて勉強されていらっしゃるのです……」 その表情は暗く、悲しそうに見えた。 「本来ならば喜ばしい事と思いますが、私にはそう思えませんで……」 「…………」 返す言葉が見つからなかった義三郎は、床に視線を落とす事しか出来なかった。

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