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第22話
「あのお山の上にあるのが千夜さまと兄さまが出会われた場所ですよね」
「…………」
宿泊先の温泉宿は繁華街から少し外れた場所にあり、部屋からは駐屯地のある山が見えた。
荷物を置いて少し休んだ後、駐屯地の近くまで行きたいという勇の要望に義三郎は応える事にしたが、山道をひとりで1時間ほど歩く事が出来ず、途中から勇の肩を借りて歩いた。
「申し訳ございません」
「僕の我儘ですから、謝らないでください」
支えてくれる身体は逞しい男のものになっていて、少尉よりもがっしりとしている気がした。
途中、ふたりは温泉の湧き出ている川の近くを通りかかっていた。
(この場所は……)
少尉との思い出の場所。
義三郎がそれに気づくと、耳の奥から朝比奈少尉の声が聞こえてきた。
『ははは、暑いから水をかけあうと気持ちがいいな』
夏の暑い休日。
子供の様にふたりで水をかけ合い、それから温泉に入ったあの日。
『千夜』
好きだ、と、あの時も言われた。
敵襲が来るかもしれないのに、少尉に誘われて、身体を重ねた。
「千夜さま」
そうして昔を思い出していると、勇が心配そうに義三郎の顔を見つめてくる。
「兄さまとここに来られた事があったのですね?」
いつもより少し低めの声色で尋ねてくる勇。
声変わりしたその声は、時折少尉に似ていると思う時もあった。
「あ、あぁ、そうです。暑い日に少尉殿が水浴びをしようと誘って下さった事があったんです……」
勇には決して話せない、と義三郎は思った。
少尉と自分の特別な関係を。
少尉を愛している事を。
勇が士官学校に入学したら、卒業して軍人となったら、少尉との関係を知られてしまうのかもしれないが、自らの口から話したくなかった。
永遠に叶わない想いを自分の心の中だけに留めておきたかった。
「兄さまらしいですね」
そう言って、勇は義三郎に少尉と夏は必ず海で何度も遊んだという思い出話を聞かせてくれた。
「……僕も千夜さまと水遊びがしとうございます……」
それからこう言った勇の、肩を抱いて支えてくれている腕に力がこもった気が、義三郎にはした。
「……あまり中に入らず、少しの時間でしたら」
「よろしいのですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
寂しそうな顔から一転し、ぱっと明るい表情に変わる勇。
最近、無理に大人の顔をしているように見える事の多い勇の屈託のない笑顔に、義三郎は穏やかな気持ちになった。
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