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第23話
川で10分程水遊びをした後、ふたりは駐屯地にたどり着いた。
部外者は入れない為、外観を見るだけではあったが勇は満足そうな様子だった。
宿に戻り、食事を済ませると、勇は一緒に風呂に行こうと義三郎を誘ってくる。
「露天風呂から見える景色がとても綺麗だそうですよ」
楽しそうな勇の様子に、義三郎は身体の疲れを感じながらも旅に出て良かったと思った。
「千夜さま、お背中流します」
小さな宿の小さな内風呂。
ふたり以外に客の姿はなかった。
身体を洗っていると勇から声を掛けられ、義三郎は遠慮したものの、子供の頃兄さまとやっていたのでやらせて欲しい、と言われ勇に背中を向けていた。
「千夜さまのお肌、白くて綺麗ですね」
「…………!!」
洗ったあとに触れてくる手の感触に、義三郎はいきなりの事で驚き背筋を震わせてしまう。
「すみません、余りに綺麗だったので触れたくなってしまって……」
口では謝罪の言葉を述べているものの、義三郎には勇の表情からは何を考えているのか計り知ることが出来なかった。
「さ、参りましょう」
露天風呂の案内が書かれた看板に視線を移すと、勇が先に歩きだしたので、義三郎はその後を追った。
「……!!」
木の扉を開けたその先に、桜の木々が咲き誇る姿があった。
「これは……素敵な景色ですね」
満開を少し過ぎたのか、散った花びらが幾つか湯に浮かんでいる。
「千夜さまとこんな景色が見られるなんて、僕はとても嬉しいです」
並んで湯船に浸かりながら桜を眺めていると、勇が義三郎の肩に腕を載せてきた。
「勇殿……」
近づく距離に、義三郎は困惑する。
「兄さまともこのようにされていらしたのではないのですか?」
耳を、頬を、首筋を。
勇は少尉と同じように長く綺麗な指で撫でると、口元に笑みを浮かべて義三郎に口付けてきた。
「な……っ、何故このような事を……」
「千夜さま、先に僕の問いに答えて頂けますか?」
勇から注がれる視線も、声も、今までに感じた事がないくらい冷たいものだった。
「嘘はつかないで下さいね。千夜さまの口から聞きたいんです。あなた様と兄さまがどのようなご関係だったのか……」
「……っ……」
知られている、と義三郎は思った。
では、いつ、どのようなかたちで知られたのか?
そんな疑問が浮かんだが、今すぐ答えを導きだす事は不可能だった。
「わ、わたしは、わたしと朝比奈少尉殿は、衆道の関係でした。半年くらいの事でしたが、少尉殿はわたしを信頼して下さって……」
「……それだけですか?違いますよね?嘘つかないで下さいって言ったじゃないですか」
「ゔぁ……ッ……!!!」
突然、勇が首筋に噛み付いてくる。
義三郎は驚きと痛みとで声を上げてしまっていた。
「兄さまと愛し合っておられたのですよね?千夜さま、兄さまのお墓に向かって愛していますと言って泣かれていたお姿、僕は見たんですよ?」
「…………!!!」
頭を殴りつけられたような感覚が義三郎を襲う。
たった一度の告白を、自分だけのものにしておきたかった想いを、一番知られてはいけないと思っていた勇に知られていた。
「兄さまも僕に嘘をついていました。千夜さまの事、清い心を持った信頼出来る部下が出来た、としかお手紙に書いておりませんでした。本当はあなた様を愛していらしたのでしょう?」
「…………」
勇の噛み付いた箇所を撫でる手は優しく労るようなのに、義三郎に語りかけてくる声はどこまでも冷たく、悲しみに包まれている気がした。
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