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第一章 1

 ** 第一章 **  元気に走りまわるその後ろ姿を僕は追いかけていた。  時に公園。時に自宅の前の空き地。  いつだって、どんどんと走って行く背中を、追いかけるのは僕のほう。  時折、立ち止まって振り返る。 「ナナ~早く」  日焼けした肌。眩しい笑顔。僕を呼ぶ声。 「待って~~いっく~ん」  僕も彼の名を呼ぶ。  そうやって、ずっと追いかけっこをしている。  楽しい。とても楽しいのに、切ない。  だって僕は知ってるんだ。  これが夢だということを……。 ★ ★  ──涙が……。  泣きながら目覚めた。  ベッドの上で上体を起こすと、涙が頬を伝い落ちた。僕はそれをそっと拭う。  ああやって“彼”と追いかけっこをしたのも、もう何年も前のことだ。  小学生の頃、それが楽しくて夢にも出てきた。でももうずっと見ていなかった。“彼”と会わなくなってから。  今頃こんな夢を見たのも──きっと“彼”と再会したからだろう。  再会。  と言っても見かけただけ。  “彼”も僕を見たような気がした。でも何の反応も見せない。  たぶん、僕のことなんて眼にも入らなかったんだろう。  それでも、これ程影響力があるのは、やっぱり、僕にとって“彼”は。  城河(しろかわ)|(いつき)は──とても、タイセツナヒト──だから。 「……ナナ~ナナ~。七星(ななせ)ー起きてるのー?」  切なく甘酸っぱい世界は不意に破られ、現実に引き戻される。  母が階下から呼んでいた。もしかしたら、もうだいぶ前から呼んでいたのかも知れない。  ベッドヘッドの棚に置いてあるデジタル時計は、六時五十分を過ぎていた。いつもなら六時半に鳴るようにセットしてあるが、今日は鳴った気がしない。  そう言えば昨夜、いっくん──樹のことを考えながら寝落ちしてしまったような気がする。  僕はまだ頬を伝っていた涙を両手でぐいっと拭き取り、まだ浸っていたいこの場所から出ていく。  急いで制服のワイシャツとズボンに着替えた。  ドアを開けると部屋の前に猫のティラミスが待ち構えていた。「にゃあ」と一声鳴いて、僕の足にすり寄る。 「ごめんね、ティラ。今は構ってあげられないよ」  僕が階段を駆け下りると、それよりも早くティラが下りて行った。     「おはよー。やっと起きたかー」  キッチンに立って快活に笑う母。  ティラは今度は母の足元でご飯をねだっている。 「おはよう。今日ご飯いらない」  そう言いながらささっと通り過ぎて、洗面所へ。  泣いたような跡は見せたくなかった。 「おー」  後ろから返事が追いかけてくる。余り煩く言わないのが母の良いところ。  

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