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第一章 2

 バシャバシャッと、涙の跡を流すように顔を洗う。  鏡に映すと普段隠れている額が見え、慌てて手櫛で前髪を下ろした。濡れたままだと目が半分隠れそうなくらいに長い。 「ナナちゃんおはよー。今日はゆっくりだねー」  鏡のなかに姉の乙女(おとめ)の顔がちらっと見えた。  すぐに「行ってきまーす」「行ってらっしゃーい」の声と共に玄関が開閉する音がした。  これが僕の家族。  母と姉。  それから、猫のティラミス。  父親は僕が小五の時に交通事故で亡くなった。ここに家を建て、越してきてから五年後のことだ。  母はそれまでもずっとパートで働いていたが、父が亡くなった後正社員として転職した。そうしながらも学校の行事にも参加し、役員なんかもこなしてしまう、とにかくパワフルな母親だ。  専門学校を卒業して社会人二年目の姉も、母親の血を濃く受け継いでいるのか、なかなかパワフルな女性(ひと)だ。    そして、そのパワフルな女性二人に囲まれた男の僕は、この家のなかで一番弱々しいかも知れない。  人見知り。消極的。ネガティブ思考。  二人に申し訳なく、勝手に肩身の狭い思いをしている。  二人に愛されいる自覚はあるのに。  僕は額を隠した顔を見ながら、ふっと小さく溜息をついた。 「七星~のんびりしてていいの。ご飯食べなくても間に合わなくなるよ~」 「あ、うん」  今日も朝からネガティブ思考全開。  もう一度バシャッと水を引っ掛けてから、傍に掛かっているタオルで顔を拭いた。   ★ ★ 「お弁当忘れるなよー」 「んーっ!」  忘れそうになり、慌ててリュックにお弁当を入れる。  忙しい時間を割いてお弁当を作る母に感謝しつつ、家を飛び出して行く。 「行ってきまーす」 「行ってらっしゃい!」  ぎりぎりいつものバスに乗る。  駅迄は三十分。バスの本数も少ないルートだが、朝は必ず座れるというのが利点。  駅から学校まではまた十分程歩く。  このバス通りに面した高校がある。今の高校よりも少し近く、この辺りの高校では一番偏差値が高い学校だ。  僕は元々はこの高校を志望していたし、担任も塾長も暗に押していた。  しかし実際に受けたのは、一つ下のランクの高校だった。ランクを下げて優位に立とうとか、そういうわけではない。  本気で欲しいものを前にすると、緊張で本来の力も出せないからだ。合格確実と言われても、恐らくあの高校には合格出来なかっただろうと、今でも思っている。  入学して二週間経った昨日。  妙に派手で騒がしい集団が一年の教室の前を通っていた。髪は金色だったりオレンジだったり。紺のブレザーの下が派手なTシャツだったり、ワイシャツが白以外だったり。  そんな生徒が五、六人。  この学校もけして偏差値の低いほうではない。こんな感じの生徒がいることに、僕は驚いていた。他の生徒も同じように思っているのか、彼らを遠巻きに見てはひそひそと話をしていた。  その集団のなかに──“彼”を見た。  

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